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「あんたは弱い」と幼馴染三人に勇者パーティーの雑用係を任された俺、成人の儀式で《英雄》になったので一人で旅に出ます

掲載日:2026/09/28

「セツナも嬉しいよね? 私達、やっと冒険に行けるのよ」


 ミーティアが笑いながら、お茶の準備をしている俺に言った。視線は下を向いたままだった。俺を見てもいない。


 成人の儀式まで、あと一週間。

 神官様の屋敷では、旅立ちを控えた候補生達がテーブルで地図を囲んでいた。


 勝ち気なメル、無口なエーリ、優しいミーティア。そして、勇者候補のクロード。


 俺は四人分のお茶を置いた。自分の席はない。


「ああ。楽しみだな」


 嘘ではなかった。

 三人が、どれだけこの日を待っていたか知っている。


 メルが地図の街道を指す。


「最初は南へ行きたいわ。港町なら、依頼も沢山あるでしょう?」


「海ね! 私、ずっと見てみたかったの!」


 ミーティアが声を弾ませ、エーリも頷いた。

 配膳を終えた俺は、部屋の隅に立って彼女達の会話を聞いていた。


 ミーティアが俺に話しかけたのは、ただの気まぐれだ。

 俺達はもう……対等じゃない。


 俺も、そこへ行きたかった――。


 潮の匂いは本当にするのか。魚は川のものと味が違うのか。

 四人で確かめようと、何度も話していたから。


 クロードがカップを指した。


「セツナ。悪いけど、ハーブティーに変えてくれないか? それに、簡単な菓子もほしいな」


「……ああ、待っててくれ」


 俺は部屋を出た。誰も俺を見ていない。

 背後で、三人の笑い声が聞こえた。


 昔から知っている声だった。

 俺が隣にいなくても、同じように笑うんだ。


 俺はそれを知っている。

 少しずつ変わり始めて、三年。特にこの一年は、ずっとそうだったからだ。



 ***



 俺の初恋の女の子、メル。


 メルと初めて会った頃、孤児の俺には帰る家がなかった。


 冒険者ギルドで荷物を運び、採集の手伝いをして、裏の物置で眠る。銅貨をもらえれば、その日の飯は食えた。


 旅の途中で親とはぐれたメルを見つけたのも、荷運びの帰りだった。


 道端で泣いていた少女は、声をかけると俺を睨んだ。


「あんた誰よ! 知らない人には、ついていかないわよ」


 勝ち気なメルの身体は少しだけ震えていた。きっと不安だったんだろう。


「このあたりは魔物が出るから危ない。ほら、立って。一緒に街まで戻ろう」


「……ふ、ふんっ、案内してくれるならいいわよ!」


 メルは立ち上がり、俺の手を取った。


 魔物の足跡があったから、途中で道を変えなければならなかった。

 夜は岩陰で過ごした。


 その間、メルはずっと俺の手を握っていた。きっと怖かったんだ。そのことを指摘しても仕方ない。


「べ、別に怖いわけじゃないわよ! ちょっと寒いだけよ。……あ、あんた名前は?」


「俺はセツナ」


「ふーん、まあ顔は及第点ね。ていうか、あんた、私と同い年くらいなのに、なんでそんなに色々知ってるのよ。ずるいわよ」


「……まあ、色々あったからな」


 俺の食料を分けて、雨が入り込まない場所に座らせる。


「あんたは、寒くないの?」


 外套をかけられたメルが聞いた。


「慣れてる」


 本当は寒かった。

 そんなことを考えていたら、温かさを感じた。メルが俺に抱きついていた。


「べ、別にあんたのためじゃないからね。勘違いしないで」


 翌朝、魔物を追い払った際に腕を引っかかれた。

 いつもなら簡単に処理できる魔物だった。人を守りながら戦うのが、こんなにも難しいとは思わなかった。


 そして――。


 捜索に来た父親を見つけた時、メルは走らず、俺の腕を引いて一緒に歩いた。


「お父様、この子の怪我を治して! 私を守ってくれたの!」


 その人が、神官様だった。


 代々、勇者や賢者になる素質を持った子供達を見つけ、育てる家の当主。

 王国の勇者や賢者を育ててきた、偉い人だと後で知った。


 治療を終えた俺に、神官様は帰る場所を尋ねた。


「ギルドの物置です。勝手に泊めてもらっているだけですけど」


「そうか。……うちで働かないか?」


 仕事だけではなく、読み書きや剣、魔法も教えてくれるという。


「娘を守ってくれた礼だ。働いた分の給金も出す。お前自身のために使いなさい」


「やった! セツナが来てくれるのね! ……べ、別に喜んでないわよ。ほ、ほら、一緒に行くわよ」


 メルが俺の手を取った。

 その仕草がとても愛らしくて……俺は、よくわからない気持ちになった。


 それがきっと、初恋だったんだ。



 ***



 屋敷には、メルのほかにエーリとミーティアがいた。


 メルとは剣を交えた。


「セツナッ、行くわよ!」


 エーリが新しい魔法を覚えれば、一緒に試した。


「……セツナ、これ試す。……ん、大丈夫、怖くない」


 ミーティアとは本を読み合い、お互いの感想を言い合った。


「あら、セツナ様。ふふっ、これは大人の恋愛小説です。セツナ様には少し早いですよ」


 俺が字を読み間違えると、三人が教えてくれた。

 靴が小さくなった時、俺より先に気づいたのはミーティアだった。


 世話をしていただけではない。

 俺も、沢山もらっていた。


 三人には、特別なジョブの兆しがあった。


 メルは剣聖。エーリは賢者。ミーティアは聖女。


 だが、俺には――何度調べても、何の兆しもなかった。


 だから、人より出来ることを増やそうと思った。

 限りある時間を余すことなく、自分を高めるために使った。


 朝は誰より早く起きて剣を振った。


 昼は仕事を手伝い、空いた時間にギルドへ行った。剣士、魔法使いを問わず、冒険者に頼み込み、稽古をつけてもらった。


 夜は魔法書を借りて読みふけった。

 初めは、俺の魔力では使えない魔法ばかりだった。それでも、一つくらい出来るものがあるかもしれないと思って読んだ。


 何度も何度も倒れた。

 それでも俺は努力を止めなかった。少しずつ、自分が強くなっていく感覚があった。


『努力と自殺を一緒にするな』


 神官様には、本気で叱られた。


 だから、休み方も覚えた。怪我をした身体で同じことを繰り返すのではなく、その時間は本を読み、足りなかったものを考えた。


『……セツナ。強くなりたいなら、俺が良い場所を教えてやる。お前なら、その資格があるだろうよ。まあ、強くなってもひけらかすなよ』


 ギルドで知り合った剣士。

 後になって東の国の勇者だと知ったけど、その時はまだ知らなかった。


 教えてもらったのは、外の時間がほとんど進まない修練場だった。

 そこには、とんでもない化物がいた。


 初めは一撃も届かなかった。剣が折れ、魔法を潰された。

 それでも、何度も通った。初級魔法を組み合わせて、初めて一撃を通せた時の事は、今でも覚えている。


 そこまでしたのは――三人と同じ場所を歩けるくらいには、強くなりたかったから。


『私達が仲間にするんだから、ジョブなんて関係ないわよ!』


 最初の実地訓練の朝、三人は俺に外套をくれた。


 丈夫な布に、四つの小さな星が縫われていた。

 内側には、不揃いな文字で俺の名前もある。


『今度は、セツナが寒くないようにしないとね。な、なによ。笑ってんじゃないわよ』


 メルが照れくさそうに言った。


『成人の儀式が終わったら、四人で冒険するわよ! あんたと私達、四人揃えば最強なんだから!』


 俺は頷いた。


 海を見たかった。知らない街で、四人で同じテーブルを囲みたかった。

 初めて受ける依頼書に、四人の名前を書いてみたかった。


 その日のために、少しずつ金も貯めていた。



 ***



 クロードが屋敷に来たのは、三年ほど前だ。


 勇者になる適性があるという少年。

 剣も魔法も優秀だった。俺が時間をかけて出来るようになったことを、一度でやってしまう天才だ。


 正直、驚いた。

 でも、嫌いにはならなかった。三人と一緒に旅をするなら、頼もしい仲間になると思ったから。


 ところが、クロードはいつも、俺の役目を先に決めた。


「セツナは裏方に向いているな。適材適所だよ。下がってろ」


 エーリも頷いた。


「ん、そう思う。……セツナ、下がってて」


 三人と稽古をする機会は、次第に減っていった。

 俺の訓練場所は、ギルドや修練場が中心になった。


 新しく出来るようになった事を話そうとしても、三人はクロードの話に夢中だった。

 神官様が俺の上達を話してくれても、メルは「お父様はセツナに甘いから」と笑った。


 特別なジョブの適性は、今もない。


 でも、何もしていないわけではなかった。

 三人の足を引っ張らないように、俺なりに積み重ねてきた。


 一緒に行きたいと思っていた。



 意識が現実へと戻る。

 お茶の片づけに戻った部屋には、もう誰もいなかった。


 壁にかけられた外套を見る。

 何度も繕った布に、四つの星が残っている。


「……もう戻れないのだろうか」


 儀式の日に、ちゃんと話そう。

 俺の最初の依頼書は、まだ白紙のままだった。



 ***



 神官様がジョブを授ける、成人の儀式。


 その三日前、俺達は最後の実地訓練へ出た。

 俺は四人の後ろをついていくだけだった。


 三年前から徐々に変わっていった俺達の関係。

 いつの間にか、俺は仲間の輪から外れていた。


 三人はクロードを囲んでいた。

 彼に向ける視線が熱を帯びているのも、知っている。


 訓練の帰り道、森の奥から悲鳴が聞こえた。


 低位冒険者達が、ゴブリンの群れに追われていた。

 クロードが剣を抜き、三人が続く。正面の魔物は、すぐに倒された。


 クロードは元から強い。この三年で、さらに強くなった。


 でも、草むらの向こうから、まだ声が聞こえる。

 ゴブリンは群れをなす。それにしても、この数は異常だった。


 助けられた冒険者の一人が、森を指した。


「あ、あっちに二人、残ってる。足を怪我してるんだ! た、助けて……」


 俺が戻ろうとすると、クロードが腕を掴んだ。


「そっちはもう手遅れだ。別の群れが回り込んでる」


「いや、まだ間に合う。だから――」


「全員を危険に晒す気か? まず、助けた人達を連れて戻るぞ」


 メルが俺を見る。


「セツナ。今はクロードの指示に従ってっ! あんたは弱いのよ!」


 メルの瞳からは、苛立ちしか感じられなかった。

 だが、今はそんな感傷に浸っている場合じゃない。


 俺は全部無視して走り出した。

 後ろから罵声が聞こえてきたとしても――。


 本気で森の中を疾走する。


 大勢のゴブリンに囲まれている冒険者達。

 その向こうにいるのは、ゴブリンキングだった。


 下級魔法を構築する。

 氷の力が魔物の足元を覆い、あたり一面を銀世界へと変えた。


 そして、ゴブリンキングの身体が粉々になる。


 冒険者達が唖然とした顔をしていた。

 ……でも、これで安心してはいられない。


「立てるか?」

「足が……それに、こいつの方が……」


 冒険者の腹には、汚いナイフが刺さっていた。

 俺はナイフを引き抜き、すぐに下級回復魔法をかけた。


 傷口が塞がる。

 傷を負った冒険者は、自分の腹を確かめながら俺を見た。


「も、もしや、君はセツナ? あのギルドで有名な……」


 俺は、自分が有名だなんて知らない。

 もう一人の足にも回復魔法をかけ、街道の方を指した。


「とにかく、ここから逃げて。俺はゴブリンを一掃する」


 二人は頷き、この場を離れた。ゴブリンキングなんて比較ならない強い気配を感じた。厄災の匂い。


 そして、俺は対峙した。


 ゴブリンの帝王と――。



 ***



 全てを終えてメル達のところへ戻った俺は、クロードから罵声を浴びせられた。


「ただの荷物持ちが勝手な行動をするな! 俺はこのパーティーのリーダーだ。俺の指示を聞かないバカは――」


 激昂するクロードを、メルが止めた。

 まるで、クロードを抱きしめるように。


 俺はその姿を見ても、もう驚かなかった。


「クロード、落ち着いて。……セツナ、あんたね、あんたのせいで大変だったのよ。残りのゴブリンも出てきて」


 昔から強い口調だったメル。

 それでも愛情を感じられた。だが、今のメルの口調は……ただの叱責にしか聞こえなかった。


 メルが俺の腕を見た。


 帝王との戦いで傷を負った。

 こんな体たらくじゃ、あの剣士にまた笑われてしまう。


 メルの顔が曇り、俺に近づこうとした時、クロードが自分の手首を押さえた。


「俺も少し無理をしたからな……」


 メルの足が止まる。


「クロードだって怪我をしているのよ! 早く帰るわよ。ミーティア、クロードの治療をしてちょうだい。その後にセツナの――」


 俺は首を振った。

 これ以上、迷惑をかけたくなかった。


 残った魔力を集め、自分の腕に回復魔法をかける。

 帝王との戦いで、魔力はほとんど使い切っていた。目立つ傷を塞ぐので精いっぱいだった。


 服の下の傷までは、治せない。


「俺は無傷だ。気にしないでくれ」


 メルは少しだけ不思議そうな顔をしてから、ふんっ、と言ってクロードに近づいた。


 ミーティアが、彼の手首へ両手をかざす。


「これから皆を守る人なんだから、大事にしないといけません」


 三人でクロードを囲む。


 俺はただ立っていた。


 なんてことはない。

 いつもどおりの日常だった。



 ***



 帰宅してから、奥様に血の匂いで怪我を気づかれた。


 すぐに手当てをしてもらい、今日は休むように言われた。

 神官様も戻り次第、事情を聞きたいという。


 寝台で横になっていると、メルが来た。


 包帯から血が滲んでいるのを見て、小さく息を呑む。

 そっと巻き直してくれた。


「……なによ、バカ。あんただって怪我してたじゃない」


 昔と同じ声だった。


「メル。今日の事だけど――」


「分かってる。助けたかったんでしょう?」


 俺は頷いた。

 やっぱりメルは分かってくれる。


 でも、彼女は俺の顔を見ないまま続けた。


「だから、旅に出たら心配なの」


「……ん? どういうことだ?」


「儀式の後は、クロードが私達を率いるの。セツナが毎回別の判断をしたら、困るでしょう?」


 少し遅れて、エーリとミーティアも入ってきた。


 メルが二人を見てから、俺へ向き直る。


「セツナの仕事も考えたのよ。ほら、あんた弱いじゃない。でも、雑用は得意だから」


 エーリが紙を広げる。


 旅の準備。道具の手入れ。依頼先の下調べ。

 留守中は屋敷に残り、必要な時に荷物を運んでくれる専属の従者。


 仕事の内容なら、全部分かる。


 でも、依頼書に書かれる名前は、三人とクロードのものだった。


「セツナが待っていてくれたら、安心して帰ってこられますわ」


 ミーティアが微笑む。


「ん。重要な雑用係」


 エーリも頷いた。


 俺が言いたかった事と、違う。


 三人の役に立つ方法だけなら、今までだって考えてきた。

 一緒に行きたいという気持ちは、どこへ置けばいいんだろう。


 メルが、ためらいながら口を開いた。


「それと……外套を、クロードに譲ってくれない?」


「外套?」


「今日、直してもらおうと預けたでしょう? あれを、儀式でクロードに着てもらえたらって」


 四つの星。


 三人が贈ってくれた、俺の外套。

 傷んだ箇所を繕うために、メルが預かっていったものだ。


 クロードは、その星を新しい一行の印にしたいと言ったらしい。


「私達を率いる人だから、ちょうどいいと思うの」


 メルの言葉に、エーリが付け加えた。


「内側の名前の刺繍、ほどけば使える」


「セツナには、今度もっと良いのをあげますわ」


 ミーティアも続ける。


 俺の名前を、ほどく。


 四つの星から、俺だけを外す。

 三人にとっては、それだけで新しい約束になるんだ。


「……これは、嫌だな」


 三人が黙った。


 俺が拒むとは、考えていなかったようだった。


 メルが困ったように笑う。


「どうして? 私達がセツナを大切に思っていることは、変わらないのに」


「俺は、四人で行くつもりだった」


 メルを見る。


「帰ったら、神官様達にその話をするつもりだった」


「……約束は覚えてるわ。でも、あの時はまだ子供だったでしょう? あんたは弱いのよ」


 ああ。


 忘れていたわけでは、なかったんだ。


「私達には、果たすべき役割があるの。セツナなら分かってくれると思ったのに……。あんただけよ、大人になっていないのは。はぁ……」


 三人が、誰と旅をするかは自由だ。

 子供の頃の約束を、ずっと守れと命令することも出来ない。


 でも、決める前に聞いてほしかった。


 俺が何を楽しみにしていたか。

 何のために努力を重ねたのか。


 そんな事を話す必要もないと思われていたのが、悲しかった。


「……悪い。少し、一人にしてくれ」


 三人は不思議そうな顔をしていた。

 自分達の提案に、何の不満があるのか。そう言いたそうだった。


 俺はこれ以上、三人の顔を見たくなかった。



 ***



 神官様は、俺の話を最後まで聞いた。


 クロードの報告と食い違う点を確かめるため、ギルドへ確認を依頼した。

 娘達には、外套を勝手に誰かへ渡すことを禁じ、そのまま返すように命じた。


 そのうえで、俺に尋ねた。


「……私はお前の努力を知っている。もちろん、娘達にも説明してきた。だが、あの子達は信じようとしなかった。お前は今後、どうしたい?」


 すぐには答えられなかった。


 メル達に、どうしてほしいかなら分かる。

 昔のように話してほしい。一緒に行こうと言ってほしい。


 でも、今の俺がどうしたいかは、考えていなかった。


「仕事なら、ここにもある。ギルドへ出る道もある。娘達の望みではなく、お前の望みを聞いている」


 神官様が、少しだけ寂しそうに笑った。


「……本当は、娘の誰かと結婚してくれればとも願っていた。だが、それは私の望みだ。お前が叶える義務はない」


 俺は、包帯を巻かれた自分の身体を見た。


 何年も、努力を重ねてきた身体だった。


「……三人の従者にはなりません」


 神官様は何も言わず、続きを待っていた。


「あいつらが帰ってくるのを待つんじゃなくて……俺も、冒険に行きたいです」


「分かった」


 反対されると思っていた。

 世話になった家を出るなんて、恩知らずだと言われるかもしれないと思った。


 神官様は、俺の手をそっと握った。


「では、その進路を選びなさい。大丈夫だ。お前が積み重ねてきたものは、ここを出ても無くならない。広い世界を見に行くんだ」


 俺は深く頭を下げた。



 ***



 そして、成人の儀式の日。


 神殿には、候補生達の家族や、冒険者ギルドの関係者が集まっていた。

 儀式はジョブを授かるだけではない。育成を終えた者が、自分の進路を決める日でもある。


 あの日以降、三人とクロードは俺と距離を取っていた。


 クロードが祭壇に触れる。


 神託石に浮かんだ文字は、《勇者》。


 続いてメルに《剣聖》。

 エーリに《賢者》。

 ミーティアに《聖女》。


 歓声が上がった。

 三人が顔を見合わせ、笑う。


 俺も嬉しかった。

 あの頃、木剣を握るだけで手を痛めていたメルが、剣聖になった。


 その喜びまで、無くなるわけではなかった。

 メルは俺の初恋の人だった。三人と過ごした時間まで、無かったことには出来ない。


 でも、それを理由に、これからも三人の望みどおりに生きるつもりはなかった。


 同行の誓約に移ると、クロードが俺を呼んだ。


「セツナも来い。お前が後ろを支えてくれれば、俺達は安心して戦える。ふん、いつまでも拗ねてるんじゃない」


 俺は一歩前へ出た。


 神官様が、俺を見る。


「進路を述べなさい」


「俺は、この一行の従者にはなりません」


 メルが顔を上げた。


「セツナ……まだ怒ってるの? 外套なら、クロードには渡さないわ。だから――」


「外套だけの話じゃない」


 三人を見た。

 途中で遮られる前に、言いたい事があった。


「荷物を持つのも、飯を作るのも、嫌じゃなかった。そういう事だって、旅には必要だから」


 俺が出来ることをする。

 三人には出来ることをしてもらう。


 そんなふうに、一緒に歩くつもりだった。


「でも、一緒に行こうって言った時の四人には、俺も入っていると思ってた」


「それは……」


 エーリが唇を噛む。


「でも、特別な適性がない。……危険な場所もある」


「危険な場所はあるだろうな。だから俺は、俺に出来る冒険から始める」


 胸が苦しかった。


 三人と行きたかった。

 その気持ちは、まだ消えていない。


 でも、今ここで頷いたら、俺はまた自分の分の地図を用意しないまま、三人の話を聞く事になる。


「君達が誰と行くかは、君達が決めればいい。俺も、自分で決めたい」


 神官様が頷いた。


「本人の承諾がない以上、同行の誓約は結ばれない」


 クロードが笑った。


「そうですか。では、俺達四人の出立について――」


「その前に、実地訓練の報告を確認する」


 神官様が一枚の書面を開いた。


 ギルドの調査結果だった。

 救助された冒険者達の証言。森に残された戦闘の跡。帰還した時刻。


 俺は逃げたのではない。

 取り残された二人を助け、帰ってきた。


 そして、ゴブリンの殲滅まで報告されていた。


 周囲がざわつく。


「ゴ、ゴブリンの群れを一人で殲滅?」


「しかも、キングだけじゃなく帝王も……」


「帝王って、厄災の一種だと聞いているわ」


 神官様が、静かにするように手で制した。

 それから、もう一枚の報告書を取り出す。


「こちらがお前の報告だ。クロード」


 そこには、俺が魔物を恐れて戦線を離脱したと書かれていた。

 取り残された二人も、クロードの指揮によって救出されたことになっている。


「俺は、二人を助けると言ったはずだ」


 俺が言うと、クロードの口元が引きつった。


「ゆ、勇者候補者一行としての功績にまとめただけだ。細かい判断まで書く必要は――」


「救助に戻った者を逃亡者とし、その救助を自分の指揮によるものと報告した。それが細かい違いか?」


 神官様の問いに、クロードは答えなかった。


 神官様は、既にギルドと協議を終えていた。

 虚偽報告についての審査が済むまで、公認遠征隊としての出立と援助は保留される。


 勇者の力を失うわけではない。

 でも、勇者だから何を言っても認められるわけではなかった。


 三人が俺を見た。


「セツナ、私達……あんたが、そんなに強いって知らなくて」


 メルの言葉に、神官様が静かに答える。


「知らなかった事と、聞こうとしなかった事は違う。セツナは何を話そうとしていた?」


 誰も何も答えなかった。



 ***



 俺のジョブ判定は、その後だった。


 何度調べても、特殊適性はなかった。

 普通の戦士でも、斥候でもいい。覚えてきたことを使い、少しずつ依頼を受ければいい。


 祭壇へ手を置いた。


 温かいものが、指先から身体へ流れ込む。


 神託石に、文字が現れた。


 《後天到達職――英雄》


「……英雄? 伝説に出てくる、あの……?」


 自分の声が聞こえた。


 神殿が静まり返る。

 後ろで、誰かが立ち上がった。


「あの人だ。俺達を助けてくれた……」


 振り返ると、救助した冒険者の一人が俺を見ていた。

 別の場所からも、驚いた声が聞こえる。


「百年に一人しか現れないと言われるジョブが……」


 神官様が神託を確かめ、深く息を吐いた。


「適性を持って生まれる勇者とは違う。生きてきた道と、磨いた技によって到達する職だ」


 俺は自分の手を見た。


 今までの人生を積み重ねた結果。

 何もないと言われて、それでも剣を振り、本を読んできた。


 神託石に、さらに文字が浮かぶ。


 《固有技能――限界突破》


「習得した技の限界を越え、それらを結びつける力。知らないことまで出来るようになるわけではない」


 神官様が俺を見る。


「お前が積み重ねたものだ、セツナ」



 ***



 儀式を終えて控えの部屋へ戻ると、三人が来た。


 メルが、例の外套を抱えていた。

 父親の命令どおり、刺繍には手を加えられていない。


「英雄なら……もう、一緒に行けるでしょう?」


 俺は、少しだけ笑った。

 嬉しくて笑ったのではない。悲しいのに、笑みが零れたんだ。


「俺は昨日と別の人間になったわけじゃない」


 メルの顔が止まる。


「昨日の俺は、仲間には入れなかったんだよな」


 彼女は外套を握りしめた。


「……ごめんなさい。私、セツナはずっとそばにいると思ってた」


 エーリが何か言いかける。


「一緒にいたい――」


 その先が続かなかった。


 昨日、その言葉を聞きたかった。

 英雄になる前の俺に、言ってほしかった。


 ミーティアが聞く。


「いつ、帰ってくるの?」


 その声は、昔のままだった。


 俺がギルドへ出かける時。

 何度も、同じことを聞かれた。


「分からない。今回は、俺が行きたいところまで行くから」


 ミーティアの顔が歪む。


「そうですか……」


 俺だって、三人が好きだった。

 メルの笑顔を見ると、一日中嬉しかった。


 今日、英雄になれたからといって、その気持ちを簡単に別のものには出来ない。


 それでも、戻らないと決めた。


 メルが外套を差し出した。


 俺は、受け取らなかった。


「……それは捨ててくれ」


 メルの手が止まる。

 俺は部屋を出た。


 後ろで、泣き声が聞こえた。



 ***



 出発前、神官様の部屋を訪ねた。


 給金の残りと、旅に必要な道具を渡された。

 奥様が用意してくれた食べ物もある。


 荷物を確認しているうちに、何かが込み上げた。


「……四人で行きたかったんです」


 神官様が手を止める。


「海を見て、飯を食って。初めての依頼書に、四人の名前を書いて……帰ったら、その話をするつもりだったんです」


 英雄になれた。

 積み重ねてきた努力も、ようやく認められた。


 なのに、欲しかったものは戻ってこなかった。


「そうか。楽しみにしていたんだな」


 その一言で、涙が落ちた。


 俺は顔を隠した。

 神官様は、泣くなとも、もっと良い仲間が出来るとも言わなかった。


 落ち着くまで待って、それから俺の肩に手を置いた。


「また、ここに帰ってくればいい」


 俺は頷いた。


 ここまで嫌いになって出ていくわけではない。

 三人の帰りを待つ役目ではなく、自分の冒険を始めるために出ていくんだ。


「……行ってきます」


「ああ。お前の土産話を、楽しみにしている」



 ***



 旅先の冒険者ギルドで、俺は依頼板を眺めていた。


 海沿いの村へ向かう商隊の護衛。

 報酬は高くない。でも、行きたい方角だった。


 地図を確認していると、隣から声をかけられた。


「その依頼、私も受けるつもり。組まない?」


 剣を背負った女性冒険者だった。

 見覚えはない。まだ登録証も見せていない。俺のジョブも知らないはずだ。


「……俺でいいのか?」


「地図と荷物を見てから選んでたでしょう? 何も考えずに飛び出す人より、一緒に行きたいわ」


 俺は少し考えて、頷いた。


 彼女が受付へ向かいかけ、振り返る。


「出発まで時間があるけど、寄りたい場所はある?」


 俺は、地図の海岸を指した。


「海が見たい」


「初めて?」


「ああ」


「じゃあ、少し早く出よう。待ち合わせは港だから、商隊が来るまで見ていられるわ」


 俺は依頼書を受け取った。

 余白に自分の名前を書く。


「俺はセツナ。よろしく頼む」


 彼女も名前を書き添えて、笑いかけてくれた。

 俺も、久しぶりに笑った。


 四人で書くはずだった、初めての依頼書。

 そこに、三人の名前はなかった。




 それでも俺は、それを持って受付へ向かった。


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