表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】妹にすべてを奪われたので今世は悪女になって奪還することにしました  作者: もぁらす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/44

外伝:『雨の午後に、もう一度恋をする』


 王宮の中庭を、細い雨が静かに濡らしていた。

 

 春の訪れを知らせるように、しとしとと降り続くその雨は、決して冷たくはなかったけれど――静かで、少し寂しげだった。


 「陛下は、お出かけを取りやめられました」


 侍女のクララがそう告げる。

 ルシアンは今日、地方領主との会合で外出予定だった。

 けれど、雨のせいか、もしくは別の理由か、その予定は取りやめになったという。



 私は、小さくうなずいた。


 「わかりました。……今は、一人にしてくれる?」


 「かしこまりました、王妃様」


 

 雨の日は、少しだけ心が沈む。

 それでも、今の私は――あの頃より、ずっと幸せだ。


 手元には、日記帳があった。

 回帰前に書き続けていたものではない。

 これは、結婚してからルシアンがくれた、新しいものだ。


 “これからの君の時間を、ちゃんと刻んでほしい”


 そう言って、彼は自分で装丁を選び、金の栞をつけて贈ってくれた。


 私はまだ、数ページしか書けていない。

 あまりに穏やかで、言葉にしづらい毎日だったから。



 けれど、今日のように静かな午後なら――何かを綴れる気がした。



 「……そんなに真剣に見つめられると、嫉妬するよ」


 声がして、振り返る。

 そこにいたのは、雨に濡れた黒の上着を脱ぎかけたルシアンだった。



 「あなた、会合は?」


 「中止になった。君のそばにいられる口実ができた」


 「……また、そういうことを言って」



 くすりと笑って、彼はソファの隣に腰を下ろす。

 日記帳を膝の上に戻した私の肩に、そっと手が伸びた。


 「ねえ、アメリア。知ってた?」


 「……何を?」


 「昔、まだ君が僕のことを“怖いくらい遠い人”だと思ってた頃。僕は君のことを見かけるたび、嬉しくて言葉を飲み込んでた」


 「…………」


 「政略結婚なんかじゃない。最初から、君を好きだったんだ」



 その言葉が、心の奥に深く染み込む。

 あの頃の私は、ただ“家が選ばれた”と思っていた。

 愛されているとは、思いもしなかった。

 だから、自分の気持ちも、不用だと隠したままにしていた。



 「私……ずっと自信がなかったの」


 「知ってるよ。でも、君が泣いた夜も、笑った日も、全部見てた」


 「そんなの……ずるいわ」


 

 私は日記帳をそっと閉じ、顔を伏せた。

 けれど、彼の指が私の顎をすくい、視線を重ねる。

 



 「じゃあ、もう一回、君に恋をしてもいい?」


 「…………」



 その問いがあまりに優しくて、私は返事の代わりに――

 そっと彼の肩に額を預けた。



 雨音が遠くで響いている。

 このぬくもりと静けさの中で、私ももう一度、彼に恋をした。



 しばらくの間、言葉はなかった。


 けれど、静寂は不安ではなく、安心の証だった。



 ルシアンの腕が、私の肩をそっと包む。

 窓の外では、相変わらず雨が降っている。

 灰色の空はどこか懐かしくて、でも、どこまでも静かだった。



 「――ねえ、ルシアン」


 「ん?」



 「私……ずっと、あなたの隣にいる未来なんて、想像できていなかったの」


 彼の指先が、私の髪にそっと触れる。


 「こうして今隣にいるのが不思議になることがある。だから……これからの当たり前を、少しずつ書き残すのもいいと思わない?」



 私は、日記帳をもう一度膝にのせる。


 白紙のページが、雨の光で淡く輝いていた。



 「よろこんで手伝うよ」


 「え?」


 「“王と王妃は、雨の日に秘密の逢瀬をした”って。書いて?」


 「……そんなの、恥ずかしすぎるわ」


 「じゃあ、“王は毎日王妃に夢中になっている”の方だったらいい?」


 

 私は頬を赤くして、膝で彼の足を軽く蹴った。


 

 「ほんと、そういうのは得意よね」


 「君を好きになったときからずっと夢中なのは本当だからね」



 笑いながら、ルシアンは私の手から日記帳を取る。

 そして、何かを書き込んで、そっと閉じた。



 「見せて?」


 「それは、あとでのお楽しみだよ」


 

 彼は立ち上がり、机の上に日記帳を置いた。


 そのまま、私の前に膝をつき、真っ直ぐに見上げる。



 「君の過去も、悲しみも、全部知ってる」


 「ルシアン、どうしたの……」


 「でも、君のこれからは、全部――俺の手で、幸せにしたい」


 まるで、もう一度プロポーズされているような言葉だった。


 

 「……泣きそうだわ、そんなこと言われたら」


 「泣いてもいい。僕の前でだけなら」


 

 雨音のなかで交わされたその言葉は、きっと今日という日を永遠にしてくれる。


 

 そして、彼はそっと唇を寄せる。

 言葉よりも深く、確かに想いを伝えるように。


 


 私も静かに目を閉じ、唇を重ねた。


 それは激しいものではなく、ただ、静かで、やさしくて――

 もう二度と、失いたくないと心から願える、そんなキスだった。


 

 「……アメリア」


 「なあに?」


 


 「日記の最後の一行、毎日こう付け足して?」


 「……なんて?」


 


 彼はにこりと笑って、こう答えた。


 


 「''今日も、王と王妃は、何度も恋に落ちた"」


 「もう!」




 私はその一行を、心の中にそっと刻んだ。


 そして、また明日も、彼の隣で目覚めたいと願った――。





 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ