33話『リリーとルシアン』
数日後。
王宮謁見の間――
王族の面前で、貴族の令嬢が王太子に“公式の婚姻申し入れ”を行う場は、本来ならば形式的な儀礼にすぎない。
だが、その日だけは違った。
王宮中枢の者たちがそろう中、リリーは、純白の礼装を身に纏い、まるで“王妃そのもの”の振る舞いで前に進み出た。
「ルシアン殿下――どうか、私を正式に“妃”としてお迎えくださいませ」
凛とした声。微笑。清楚。完璧な仕上がり。
反対する者はいなかった。
なぜなら、リリーはすでに“王宮が選んだ姫”であり、民衆からの支持も厚かったから。
この瞬間、形式は確定となる。
だが。
「……僕はまだ、“誰かを妃にする”とは決めていない」
*L*
「……僕はまだ、“誰かを妃にする”とは決めていない」
ルシアン様の返答は、明確な拒絶だった。
空気が凍る。
私は、表情を崩さなかった。だが、怒りでその指が震えていた。
「それは……どういうことでしょう?」
「君は確かに、王宮の選出を受けた。
けれど、僕の意志はまだ、“誰にも向いていない”。
それに、君の近くで……不穏な影が見え隠れしているのも事実だ」
「……まさか、噂を、真に受けていらっしゃるのですか?」
「噂か誠かは、君がよくわかっているんじゃないのか?」
そこまで言って、ルシアン様は一歩、私に近づいた。
「リリー。君がどんな思いでここまで来たか、僕は知らないとは言わない。
だけど、“誰かを踏み台にして手に入れた玉座”に、僕は座りたくない」
それは、明確な拒絶だった。
私は、微笑んだままその場を去った。
誰もがそれを“潔さ”と受け取ったかもしれない。
その笑みの裏側には怒りと、絶望が渦巻いている。
――私にとって、“選ばれない”ことは、“否定される”ことと同義なのだから。
私は絶望で地面に伏せた。
もう、他に手立てがない。
「──また、失敗したのか」
柱の奥から、氷のような声が響いた。
冷たい風が吹き抜けるようにして現れた男。
教皇庁の魔導士、グレオール。
紫の呪印を帯びた外套が、音もなく揺れている。
私は咄嗟に立ち上がったが、膝は震えていた。
「……来ないで」
「“来ないで”……?お前はすでに我らに加護された身。今さらどこへ逃れるつもりだ」
グレオールの琥珀色の瞳は、まるで冷笑を浮かべるように、私の恐怖を見透かしていた。




