32話『父子の対立』
玉座の間。
夜風が吹き込む高窓の向こうに、赤く染まる月が浮かんでいた。
「……アメリア嬢を舞踏会で伴ったことが、ここまで問題になるとはな」
父、国王クラウディオ=クラウス=アーデルハイトの声は、怒りを内に秘めた静けさを纏っていた。
「教皇庁から直々に通達が来た。“王妃候補を妹のリリー嬢に差し替えよ”と。理由は明白だろう」
「理由? 」
私が一歩、父王へと近づいた。だがクラウディオは立ち上がることなく、その鋭い眼光で息子である私を見据えた。
「アメリア・ローズウッドは孤児だ。血統としては、正式な王家の系譜には加えられない。――これは王国貴族会議も同じ見解だ」
「はじめはアメリアを気に入られてはいたではないですか」
「それは出目を知らなかったからだ」
「私は彼女を選んだ。王妃にふさわしいのは、リリーではないです」
「感情で王座は守れん、ルシアン!」
クラウディオの声が玉座の間に響き渡った。
「これは政だ。帝国とリデアの均衡を保ち、教皇庁と対話を続けるためにも、こちらが譲らねばならぬ局面もある」
「アメリアが孤児だという理由で、王妃の資格がないと……?」
私の声に、王――クラウディオ・アーデルハイトは静かにうなずいた。
「彼女の聡明さは私もわかっている。だが、血筋こそが、王妃たる資格の証だ。国民も、諸侯も、それを重んじる。彼女では――説得力に欠ける」
「ならば誰が説得力を持つというのですか? 操り人形に過ぎない妹を、教皇庁に都合の良い“器”を、王宮に迎えるというのですか」
「それが“国”を守るということだ」
私の拳が震えた。
(まただ……これでは、あの時と同じじゃないか)
――アメリアを失ったあの世界。
妹が妃となり、王宮は教皇庁の手に堕ちた。
「……ならば、私が確約いたします」
低く呟くように、私は前を見据えた。
父は目を細めた。
「――ルシアン、お前は“私情”で国を選ぶのか?」
「ええ。ですが私は、彼女と共にある未来のほうが、この国を強く、美しくできると信じています。どうか、それを“私情”だと笑うなら、どうぞお笑いください」
長い沈黙の末、王は深く息を吐いた。
「……お前は何もわかっていない」
「わかっていないのは国王の方です。息子の私が信じれずに、その座を引き継ぐおつもりですか?」
父王は息を飲み、わずかに顔を背けた。
「……血筋を否定することは、この国の礎を揺るがす行為だ」
「それでも、私はアメリアを選びます」
私の瞳は、一切の迷いを含んでいなかった。
「たとえ誰が反対しようと、教皇庁が圧をかけようと、彼女は私の伴侶であり、王妃となるべき人です。私の意志であり、私の誓いです」
「愚か者が……」
父王の声には怒りも、諦めも、そしてどこかに恐れが混ざっていた。
「お前一人の判断で、この国が動くと思うな。王家は民を守る盾であり、神の代行者なのだ」
「神に問う前に、私は自分の心に誓います」
「……!」
私は一歩、父に近づく。
「私は、アメリアと共にこの国を変える。その覚悟が、私にはある。だから――次にこの王冠を戴く時は、彼女と共に立ちます」
しんと静まり返る謁見の間に、決意の言葉だけが響いていた。
やがて、父王はゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「好きにしろ……だが、背負う覚悟を持て。お前が選ぶというのなら、そのすべての責任を、王として果たせ」
「……心得ております」
私は静かに一礼した。
そのすぐ翌日のことだ。
アメリアが王宮にやってきた。
「アメリア……?」
「はい、ルシアン様──ですが、今日は“最後のご挨拶”に参りました」
(ルシアン、様?)
一歩、また一歩。
アメリアは、堂々とした足取りで玉座の前に進む。
「私は、アメリア・ローズウッドとして、このたびの王妃選抜を──辞退いたします」
場が凍りついた。
空気が、時を止めたかのように揺れる。
「それと共に──妹、リリー・ローズウッドこそが、王妃の器であると確信しております」
「……なに?」
「リリーは聡明で、強く、民を思いやる心を持つ令嬢です。
彼女こそが、王国の未来を担うにふさわしい存在……そう、私は信じております」
沈黙の中、アメリアは微笑んだ。
「……ほら見ろ」
玉座の上から、王の低く冷えた声が降ってきた。
「身をわきまえた、立派な令嬢ではないか。お前よりも、よほど国の行く末を思っている」
「……っ、国王」
「現実を見ろ、ルシアン。血も地位も持たぬ孤児に、王妃の座など——“王国の未来”を託せると思っているのか?」
「……アメリアは、その器です」
「器だと? ならば何故、自ら身を引いた? これだけの場で、堂々と辞退し、妹を推挙したのだ。聡明ではないか。謙虚で、理をわきまえている」
何かが、おかしい。
私はそう違和感を覚えた。
⸻
アメリア自らが、玉座の間へ姿を現した。
それが、すべての引き金だった。
彼女が自ら歩み出たことで、事態は急速に動いたのだ。
——私は、また止めることが出来なかった。
いや。
まだ、間に合うはずだ。




