外伝:『この子の名は、アメリアです』
その子は、まるで天から落ちてきた贖いのような存在だった。
私には、子ができなかった。
何年も、何度も、医師の診断を受け、祈りを捧げ、それでも授かれなかった。
そして夫は、次第に冷たくなっていった。
「……家名を継ぐ者が必要だ」
そう告げた彼が、私に示したのは、街外れの礼拝堂で拾われた、まだ小さな少女だった。
その子の名は、アメリア。
手紙と共に置かれていたネックレス。
「この子の名は、アメリアです」
――それだけが、彼女の素性を示す唯一のものだった。
私は、夫に言われるままにその子を引き取った。
それは体裁のためであり、家の名を守るための方便だった。
けれど――
「……あなた、泣いていたのね」
はじめて抱き上げた夜。
布の隙間からのぞいたその小さな頬に、涙の跡が残っていた。
不思議だった。
私が流すはずだった涙が、その子の顔に刻まれているように見えた。
夫は冷淡だった。
「誰の血も引いていないのだから、いずれ捨ててもいい」とさえ口にした。
それでも私は、アメリアを“娘”にすることを選んだ。
――せめて、私だけは、この子を守らなくてはならない。
その夜から私は、母になった。
名前を呼ぶたびに、アメリアは不思議そうに笑った。
初めて手をつないだ日。
初めて“おかあさん”と呼ばれた日。
私は気づいていた。
この子は、誰よりも賢く、誰よりも傷つきやすい心を持っている。それを見せないようにしていることに。
そして月日が経ち――
私の体に命が宿ったと知った日、私は震えた。
「……これで、あなたは私の娘ではなくなるのかしら」
誰にも聞こえないように、そうつぶやいて、泣いた。
けれど、アメリアは変わらなかった。
私のお腹をそっと撫でて、「妹なの?」と聞いたあの夜。
「名前はリリーがいいと思う」と照れくさそうに言ったあの声を、私は一生忘れない。
だから、私は誓った。
本当の母でなくても、血が繋がっていなくても、
この子を、リリーと同じように、分け隔てなく愛していくと。
……けれど、私は育て方を間違えたのだろうか。
リリーの中の影に、私は最後まで気づけなかった。
その代償を、私は今も抱え続けている。




