27話『リュミエールの過去』
王宮からの使者達がローズウッド家に到着し、宮廷医師のおかげで母の容態は、奇跡的に安定した。
毒の影響は確かにあったが、早期に処置を施したことで大事には至らなかった。
『王妃候補リリー嬢の母君』という名目により、怪しまれずに処置は行われた。
リリーは素知らぬ顔をして母を見舞っていた。
私はその様子に怒りが込み上げたが、心を落ち着かせた。
「リリーのおかげだわ、ありがとう」
「そんな、当然ですわ、お姉様。ご心配なさらないで?私には王宮の後ろ盾がありますので」
まったく、手のかかる妹だこと。
***
その夜。
私はネックレスを手に取り、窓辺に立った。
夜風がカーテンを揺らし、星の光が床に差し込んでいる。
「リュミエール?話せるかしら」
しばらくの沈黙ののち、精霊がいつものように微かに光る。
「リュミエール。……あなたのことを、ちゃんと知りたいの」
精霊はしばらく沈黙したあと、淡く囁いた。
『それは、“知ること”の代償を受け入れる覚悟があるということか?』
「ええ。この力の出自が、あなたの記憶が――私の未来を形づくるのなら、知ることに意味があるはず」
その答えに、リュミエールは初めて“嘆息”に似た声音を漏らした。
『ならば、語ろう。“唯一の巻き戻し”が、いかにして生まれたのかを――』
***
精霊リュミエール。
私はかつて、“時の神官”と呼ばれた存在だった。
この大陸がまだ王国ではなく、数多の部族と魔導士が群雄割拠していた時代――
“時の道”を司る神殿に仕え、その力で未来の災厄を避ける術を求め続けていた。
『人は“未来を知る力”を欲した。
やがて私は、“予言の道具”として王たちに利用されるようになった』
次第に私の“預言”は戦に使われ、争いに使われた。
それに絶望した私は、自らの時間を閉じる決断を下す。
それが精霊化。
人としての魂を残したまま、“契約を交わした者にだけ時間を与える存在”へとなった。
『私は、“正しい道”にのみ力を使う存在になることを選んだ。
誰の命令にも従わず、王にも戦にも使われず――
ただ、“選び直した先に皆の幸福が訪れる”と願う者に寄り添うために』
「……その選ばれたのが、私?」
『そなたの魂には、選ばれた者にだけある“揺るぎなき後悔”があった。
それは単なる復讐ではなく、“守りたい”という祈りに似ていた』
だから私は、彼に選ばれた。
そして彼は、今も私の傍にいる。
過去を嘆くためではなく、未来を選ぶために。
***
「それで後悔はなかったの?」
私の問いに、リュミエールはしばし黙したのち、こう答えた。
『ある。私はかつて、ひとりの巫女に未来を与えた。
彼女は、民を救うために時間を巻き戻すよう懇願した。
だが、彼女はその“選び直し”のなかで、大切なものを失っていった。
最期に彼女はこう言った――“誰かを救うために、私自身を失った”と』
その言葉は、私の心に鋭く突き刺さった。
未来を変えるために、私も何かを失いかけていた。
『その意志を貫ける事を願う』
そうして、ネックレスがふわりと光を放った。
まるで“今の自分”を祝福するように。
『気負うことはない、そなたの“意志”に我は力を貸しただけだ』
「私の――」
けれど、そこで言葉が止まった。
その時リュミエールの声が、初めて重苦しい響きを持った。
『だが、聞け。代償なき力など、存在しない』
「……代償?」
『回帰とは、魂の記録を反転させる術。そなたが選んだ未来は、別の“可能性”を切り捨てて生まれている』
「……それって、どういうこと?」
『選び直したことによって、別の“命”が消える可能性もあるということだ』
私の背筋に、冷たいものが走った。
「それって、誰かが“犠牲になる”っていうの?」
『そなたが望んだ“過去”を塗り替えるには、それと等価の“未来”を封じる必要がある』
私は、静かに息を呑んだ。
これは、“ただの奇跡”ではない。
私の知らぬところで、別の“何か”が失われる。
『“代償はある”と心得よ』
私は、拳を握りしめた。
回帰の力、再起動したネックレス。
そして起きた奇跡。
「私は、“守り抜く”と決めたの」
たとえすべてを失っても。
たとえ世界が私を悪女と呼んでも。
私は、愛する者たちの未来を、この手で守り抜く。




