20話『偽りの縁談』
ローズウッド家の実権が、正式に私の手へと渡った。
母は全ての運営に関する文書に署名をし、王宮の記録部にも届けを出した。
“当主代行 アメリア・ローズウッド”。
リリーが喉から手が出るほど欲した称号が、今、私のものになっていた。
そしてその知らせが広まったのは、思ったよりも早かった。
――王宮から、ふたたび縁談の話が舞い込んだ。
***
「宰相の甥、グレイ・バルトレイ公爵より縁談の申し入れがございます」
報告を受けた私は、すぐに差出人の意図を理解した。
グレイ――王政派の急進貴族。
かつてルシアンとの“婚姻候補”を巡ってリリー側にすり寄っていた人物だ。
どうせまたこの縁談は、“リリーが手引きした”ものに違いない。
私に縁談を持ち込むことで、政治的な駒として取り込み、
それと引き換えにリリー自身が“新たな正妃候補”として台頭する構図。
“姉は家のために政略結婚へ”
“妹は王子に選ばれ、民衆のヒロインへ”
――美しい絵図だこと。
「丁重にお断りします」
「……承知いたしました」
侍女が安堵したように息を吐いたのを見て、私はふと笑みを浮かべる。
「しないわよ、結婚なんて。“断った事実”はしっかりと正式文書で記録に残しておいて」
「承知いたしました」
「かわりに、縁談の文書を回して。相手先は――侯爵家令息ミカエル・エインズワース」
「えっ!? ……いま、結婚はしないと……!?」
「王宮で最も結婚を嫌がっている偏屈な独身主義者よ。断られる前提よ」
「ど、どうしてそんなことを……」
「“アメリア嬢は融通が効かない”という空気を、意図的に作るの」
侍女は目を丸くしながらも、素直に頷いた。
これでいい。
私が世間から“浮いた存在”として認識されればされるほどに、
リリーは“正統な婚姻候補”として担ぎ出されやすくなる。
リリーが世界を恨むのは、自分がすべてを手にしていないから。
その満たされない承認欲求をみたしてあげれば、むやみに人を傷つけることはないだろう。
私が推薦されるような事はあってはならない。
ならば、私は奇人として振る舞い、悪名高くある必要がある。
それまでになんとか、あの曲がった性根を正す必要はあるけれど。
この家を継いだあとの事を考えると、行き過ぎたことは出来ない。
けれど、王妃候補にだけはなってはならない。
母のためにも。
「お望みどおり、王室に入らない意志を見せてあげるわ、リリー」
***
その夜、リリーが私の部屋を訪れた。
「お姉さま、縁談の件、耳にしました。……大丈夫ですか?」
この期に及んでまだ気遣うふりをしているが、目は笑っていた。
私はゆっくりと紅茶を口に運び、言葉を選んだ。
「ええ。もちろん大丈夫よ。むしろ……今が一番、楽しいかもしれないわ」
「……どういう意味、かしら」
「誰に何を仕掛けられても、その裏にある“意図”を読むのが、最近はちょっとした趣味になってきたの」
リリーの指先が、わずかに止まった。
そしてすぐに、いつもの微笑みを浮かべる。
「……それは、とても心強いことですわね。さすが、我が家の“次期当主”ですわ」
“次期当主”――
その言葉が、剣のように胸に刺さる。
私が当主なら、あなたは“王室からこの家を操る”とでも言いたそうだわ。
でも、それがどれほど巧妙でも――
あなたの思うようにはさせない。
***
翌日。
王宮では、国王とルシアンを中心とした会議が開かれていた。
内容は――“次期王妃候補の選定”。
「アメリア・ローズウッドがいいじゃないか。ルシアンの即位条件も教皇庁からの進言でローズウッド家を名指ししている」
王は常々ローズウッド家に関心を強く持っていた。
どの派閥にも属していない中立貴族の中で、最も経済的な力を持っていたからだ。
「しかし、アメリア嬢はミカエル・エインズワースに縁談の申し入れをしたそうです」
宰相が面白くなさそうにそういった。
「ミカエル…?」
ルシアンは顔を強張らせる。
「アメリア嬢は当主代行の申請も出しており、家督に邁進されたいのでしょう」
「そうか……優秀だと噂の長女が王室に入るのを楽しみにしていたのだが、致し方あるまい。では、次女のリリー・ローズウッドで良いのではないか?」
*
「今度こそ、選ばれるのね。リリー様……」
誰かがそう囁いた。
慈善活動に力を入れていたリリーは世間での扱いは聖女のように崇められている。
ローズウッド家の金に目がくらんだ養女と、私の評判はリリーとは反して落ちるいっぽうだった。
だが、それでいい。
私は名声などいらない。
***
リリーが王宮から呼び出され戻ってきた夜。
私は、彼女を迎えるように玄関ホールで待っていた。
「……おかえりなさい、可愛い妹」
「え……お姉さま?」
そのときの、リリーのわずかな困惑を、私は見逃さなかった。
「良い知らせがあったんでしょう? 祝福させていただこうと思って」
私は、にっこりと微笑んだ。
「祝の席を用意したわ」
準備していた食卓にリリーと二人で着く。
「今夜は、あなたのために」
私はグラスを掲げた。
リリーは数秒の沈黙のあと、笑顔を返した。
その笑顔の奥で――
何かがおかしい事に気づいたようだった。




