外伝『灯火の名は、アメリア』
この子は、賢い。
――初めて出会ったあの日から、ずっとそう思っていた。
街外れの礼拝堂で拾われ、ネックレスと共に名前だけを託された少女。
「この子の名は、アメリアです」
――それだけの、正体も来歴も不明な子。
だが、彼女は言葉を覚えるのが早く、数字の概念を理解するのも早かった。
まるで……“与えられた枠”では測れぬものを、その手に持って生まれてきたかのように。
「これは、義務だ」
私は何度も自分にそう言い聞かせた。
家を守るため。家名を継がせるため。
体裁のためにこの子を迎えたと、そう信じたかった。
自分を誤魔化すように、妻にもそう何度も念を押した。
だが――
夜ごと書斎で、彼女の成績表や学者たちの推薦状に目を通し、こっそりと笑みがこぼれる自分に、何度気がついただろう。
(この子は……私が誇りに思える“娘”だ)
そう思うたび、胸が痛んだ。
実の娘・リリーは、どこか空虚だった。
アメリアと同じく誰もが称えるほど美しく、誰もが気を遣うほど聡いはずなのに、彼女の瞳には、いつも“アメリアを測る色”があった。
「お姉さまの方が、先生に褒められたのね」
「お姉さまは、また新しい本を読んでるのね」
「……私は?」
リリーの声は、私の罪を突く。
(お前は、私の娘だ。愛していないわけがない)
だが、伝わらない。
アメリアがあまりに“優秀すぎた”。
だから私は、彼女の才能を隠した。
表立って褒めなかった。推薦状を破り、表彰をなかったことにした。
アメリアが“リリーを脅かす存在”にならないように。
(本当に守るべきは、どちらだったのだろう)
そんな自問を繰り返すうち、病が進行した。
そして私は――
“彼女の名を、跡継ぎとして残す”という決断を下した。
遺言状とは別に、内密に用意した【相続権譲渡届】。
名義欄に記された名は、《アメリア・ローズウッド》。
……だが、“提出欄”は空白のままだった。
私は、最後の最後まで、署名をためらっていたのだ。
リリーがどれほどそれを欲していたか、知っていた。
アメリアがどれほど自分の出生に迷っていたかも、知っていた。
(――それでも、アメリアを選びたかった)
けれどそれを口にする前に、私は臥せ、筆を取る力さえ失った。
アメリアが部屋に来るたび、私は眼を閉じたふりをして、彼女の気配を感じていた。
……涙を隠す癖があることも。
リリーの視線が冷たくなったとき、私は気づいていた。
あの子の中に“奪われた”という感情が芽生えていることを。
けれど私は、もう手を伸ばすことができなかった。
――ただ、願った。
どうか、アメリアの未来に、あたたかな光があるように。
あの銀の灯火のように、彼女が道を見失わず歩いてゆけるように。
たとえ私が、この手で署名できなかったとしても――




