16話『王子の警告』
その手紙は、王宮の印章も家紋も押されていない“ただの白い封筒”だった。
けれど、私にはすぐに分かった。
――ルシアンからだ、と。
文字は丁寧な筆致で、しかしところどころ、感情がにじむような力の込め方をしていた。
《アメリア嬢
君に直接伝える手段を選べず、このような形になったことを許してほしい。
リリー嬢の周囲に“王宮外の魔導士組織”が関与しているという報告を受けた。
もし君の周囲で不可解な魔力反応や“説明のつかない現象”が起きているなら、それはリリー嬢によるものではなく、別の意志が働いている可能性がある。
慎重に、だが困った事があればいつでも頼ってほしい》
私は読み終えると、しばらく指先を止めた。
魔導士――。
その言葉が、過去の記憶を刺激する。
前世、リリーが“何かを手に入れた”と確信した瞬間があった。
それは、私を断罪へと追い込むほんの数日前のこと。
リリーの部屋から漏れた、不自然な“赤紫の魔力の痕跡”。
精霊でもなく、王宮の魔術師でもない“何か別の存在”の気配。
あの時、気づくべきだった。
あれが、私を“終わらせた力”だったのだと――
***
「お嬢様、最近……空気が少し和らいでいる気がします」
屋敷の再編から三日後、使用人たちは少しずつ私の指示に従い始めていた。
あの朝の宣言が、“自分で道を選ぶ強さ”として受け取られ始めている証だった。
けれど私は、その僅かな安堵さえも、振り払う。
油断してはいけない。リリーが必ず動き出すはずだ。
何かが近づいている
そう――“本当に危険な何か”が。
私はリュミエールのネックレスに触れた。
「精霊の力では感知できない魔導士……そんな存在、いるの?」
『精霊契約に属さぬ“禁術使い”が存在する。そなたの妹が、その扉を開いた可能性はある』
「……なぜ、リリーがそこまでの力を?」
『理由は一つ。“望みが、深すぎる”』
私は拳を握りしめた。
リリーはただの“賢い妹”ではない。
今や、何者かに導かれ、“異端の力”を手にしている可能性がある。
その危惧は当たり、屋敷の外から――ひとつの報告が届いた。
***
「東の村で、無許可の“魔導結晶”の取引が発覚したそうです。出入りしていた人物が、リリー様の元侍女・ベルと似ているという噂が……」
その報告を届けたのは、以前では王宮で私を避けていた管理官だった。
私は静かに頷いた。
「それを証明できる証拠はあるの?」
「……ありません。しかし、その名前が噂な以上、宮として見過ごすわけには…」
ベル――リリーの侍女として、前世で私の私室に侵入し、処刑の引き金となる帳簿を仕込んだ人物。
その彼女が、今もどこかで“動いている”。
リリーの指示で?
どうしてそこまで?
――ルシアンの言葉が甦る。
“リリー嬢の背後に、王家の外に属する勢力が存在する”
“君の周囲で説明のつかない現象が起きていないか?”
そう。
説明のつかない“出来事”が、一つある。
あの夜、母の部屋に仕掛けられた香袋。
あの中に含まれていたのは、精霊の波長では感知されない“外界由来の香草”だった。
「まさか。リリーは、魔導士と“契約”を交わしたりしてないわよね……?」
その仮説が、私の背を冷たく伝った。
そして、だからこそ。
私は、今のうちに“仲間”を得なければならない。
リリーの力が“人知を超え始めている”なら、私も――“協力者”を見つけなければ。
***
夜、私は一通の手紙をしたためた。
宛先は、ルシアン。
《警告、感謝いたします。
あなたの言葉が、ただの気遣いではないと信じて、私も覚悟を決めました。
――その代わりに、ひとつだけ約束してください。
今度こそ、“事実”だけを見て。
私という人間の“本質”を、誰の声でもなく、あなた自身の目で――》
封蝋を押す手が、微かに震えていた。
けれどそれは、恐れではなかった。
私は今、もう一度“信じる”選択をした。
――裏切られても構わない。
これは私自身が決めたことだ。




