13話『優雅なる崩壊』
それは、春を祝う夜会の席で起きた。
王宮の後援による公的な舞踏会。
王侯貴族から名家の令嬢まで、社交界の中核を担う者たちが揃い踏む、一年で最も華やかな夜――
その中心に、妹リリーは“当然のように”立っていた。
「まぁ、ローズウッド家の天使……お美しいこと」
「リリー様の微笑みを拝めるだけで、今日来た甲斐がありましたわ」
そんな称賛が、どこからともなく飛び交う。
――そう、それは私が処刑される前と同じ光景。
姉として傍らに立ちながら、まるで“影”のように扱われる感覚。
無意識に足を踏み出せなくなるほどの、見えない圧力。
だけど。
今はもう、私はあの頃の私ではない。
私は静かに微笑み、グラスを手にとって一口飲んだ。
今日は、この場で一つ“仕掛け”を放つつもりだった。
***
「お姉さま、本日もとてもお綺麗ですわ」
リリーが微笑みながら近寄ってくる。
その目は、いつものように優しく、慈しみすら帯びていて――それでも、私には分かる。
その裏に、どれだけの嘲りが潜んでいるかを。
「ありがとう、リリー。……でも、私だけではないわ。あなたも、まるで“聖女”のように人々を魅了している」
あえて皮肉めいた響きをこめると、リリーの微笑がほんのわずかに固まった。
「そんなことはありません、お姉さま。私はただ、誰かの支えになれればと……」
その声の裏に、確かな“優越感”が混じる。
でも今日、それを壊すのは私の番。
「ところで、少し気になる話を聞いたの。……あなたが以前から修道院に支援を続けているって」
「……ええ、わたくしなりに、少しでも救いになればと」
「でもその修道院。先月、献金記録の不正が暴かれて閉鎖されたのよ。ご存知だった?」
一瞬、周囲が静まる。
近くで話していた貴族令嬢たちが、気づかれぬように耳を傾けはじめた。
「……え?」
「“あなたの名前”で送られた支援金が、別の団体を経由して、偽名で動かされていたとか」
「そ、そんな……わたくし、知りませんでした」
リリーの声がかすかに震えた。
だが、それは本当の動揺ではない。
“演技としての動揺”だ。
そして、その“演技”に違和感を覚える者がいたのだ。私はクララが得てきたその情報を手にしていた。
「もし本当に無関係なら、それを証明すれば済むことよ。公的な寄付の名義管理は記録が残っている。……王宮に調査を依頼すれば、すぐに分かるでしょうね?」
「…………」
リリーは口をつぐんだ。
“はい”とも“いいえ”とも言わず、ただ微笑んだまま。
――だってそうよね?調査なんてされたら困る事しか貴女にはないのだから。
***
夜会の終盤。
先ほどの様子をみて何人かの貴族令嬢が私の元を訪れ、小声でこう囁いた。
「リリー様って、本当に“完璧な方”なのかしらね……」
「アメリア様、最近お顔が引き締まられて……むしろ、あなたの方が信頼できるお方に見えるわ」
今までローズウッド家にはリリーにさえごまをすっておけばいいと考えていたのだろう。わかりやすい手のひら返しだ。
私は何も返さず、ただ一礼した。
今はまだ、これでいい。
小さな疑念の種を蒔いていく。
そしてそれが、聖女の仮面を剥がしていく“風”となる。
***
その夜、リリーが私の部屋を訪れた。
「……お姉さま、どういうつもり?」
もはやいままでの優雅な微笑みはなかった。
“ふたりきりの姉妹”に戻った瞬間。
「あなたがやってきたように、私も同じことをしてるだけよ」
「ふふ……それがお姉さまのやり口ですの?」
「そうよ。あなたに教わったから」
沈黙が、重く落ちた。
リリーは何も言わずに立ち去った。
その背に、私は静かに告げる。
「あなたが私から奪ってきたもの、これから一つずつ返してもらうわ、リリー」
ネックレスが、ゆるやかに光を放った。




