12話『疑惑と孤立』
リリーの“仮面”が剥がれた。
あの笑顔の奥にある嫉妬と執念を、私はもう正面から見据えている。
そしてリリーもまた、もう私が“いつもの姉”ではなくなったことに気づいただろう。
だからこそ、次に仕掛けてくるのはきっと――より巧妙で、より残酷な罠。
***
事件はすぐに起きた。
「書庫の大切な帳簿が紛失しております」
ローズウッド家の資産管理に関わる重要書類が、ある日忽然と消えた。
しかも、使用人たちの証言によれば――最後に書庫へ出入りしたのは、私だという。
「そんなはずはありません。私はあの日、母のもとに……」
「しかし、クララ様も同行しておらず、お一人で行かれたと……」
証言は食い違わない。
状況証拠は、確かに“私に不利”だった。
冷ややかな空気が、屋敷内を覆い始める。
「……リリー……」
前世でも私は“帳簿の不正流用”という冤罪をかけられた。
その直後、母が倒れ、家中の実権がリリーに移ったのだ。
いま、それが――再演されようとしている。
***
その夜、私はひとりで厨房に降りた。
誰もいない夜の厨房。ランプの灯りだけが、真鍮の鍋を照らしている。
リリーは主に厨房の使用人とよく会話を交わしている。特に料理長だ。
「……ここに隠すと思ってた」
先日、調理場に来た時に床の軋みに違和感を感じた。「危ないから修理したほうがいいのでは?」と提案したがやたら料理長が焦って拒否していた事を思い出した。
床下の隙間板を持ち上げると、中から出てきたのは、綴じられたままの帳簿だった。
表紙には、ローズウッド家の刻印。だが中身は――捏造された支出記録。見覚えのない金額が動いている。
そして、明らかに“私の筆跡を真似た”署名。
「こんな粗末な細工で、私を貶めたのね」
笑みが漏れた。
かつての私は間抜けにもほどがある。こうやってよくかんがえれば、そのどれもが稚拙だとわかるのに。
ただ、母の目を盗んでここまで大胆なことをしていたとは驚いた。
***
翌朝、私は母の前に帳簿を差し出した。
「これが、紛失していた帳簿です。そして、この署名は私のものではありません」
母は困惑しながらも、それを受け取り、じっと目を通した。
そして、一言。
「これは……誰かが、あなたに罪を着せようとしているのね」
その言葉に、私は少しだけ目を伏せた。
信じてもらえることが、こんなにも温かいのだと――改めて知った。
「お母様。この家には、内部に“敵”がいます。どうか……軽率な信頼は、なさらぬように」
「……分かったわ。あなたの言うとおりにしましょう」
そのとき、ふとドアが開く音がした。
振り返ると、そこにリリーが立っていた。
「ごめんなさい、問題が起きたと伺ったので……」
……白々しい。
リリーのその声は、いつものように甘く、柔らかく。
けれど、その目は。
私が帳簿を持っているのを見て――明らかに、冷たく笑った。
――思ってたとおり。あなたが仕組んだのね。
でもそれを、あえて私は言わなかった。
いま、暴くことに意味はない。
これは、“積み重ねて崩す”戦いだ。
***
夕方。クララがそっと私に囁いた。
「お嬢様、最近、使用人たちの間に“不自然な辞職”が続いております」
リリーの手がまわり始めたのね。
私の周囲から、支えとなる人間を一人ずつ削り、孤立させる。
――いいわ。それでも構わない。
私が“誰にも頼らずに立つ姿”を、世界に見せつけてあげる。
悪女にされても、結構。
でも誰よりも“悪”に染まっているのは――あなたの方なのよ?リリー。




