10話『交わる回帰、ふたりだけの記憶』
王都の正門をくぐった瞬間、前世の記憶が胸の奥でざわめいた。
この場所で私は裁かれ、罵られ、殺された。
けれど今日は違う。
私は“未来を変える”ためにここに来た。
***
応接間に通されてまもなく、ルシアンが現れた。
変わらない優雅な立ち居振る舞い。けれど、その瞳にはかつての“正義”ではなく、もっと深く澄んだ迷いの色が宿っていた。
「来てくれて、ありがとう」
その言葉が、前世の彼からは決して出てこなかった種類の優しさを帯びていて、私は一瞬、胸が詰まった。
けれど、私はもう過去に縛られない。
冷静に、でもはっきりと彼を見据えて言った。
「お返事をしに来ただけです。マルグレーヴ公爵家の縁談は、お断りします」
「それを……僕に言いに来たのかい?」
「いいえ。“あなた”にだけは、知っておいてほしかったから」
ルシアンの指先が、テーブルの縁でぴくりと動く。
そして、静かに口を開いた。
「君は、僕が愚か者だったことを、覚えているかい?」
私は返さなかった。ただ、目を逸らさずに彼を見つめ続けた。
「君が処刑されたとき――僕は、その命令書に署名した。王家の名のもとに」
やはり彼も、“回帰者”。
しかも彼は、自らの罪をしっかりと記憶している。
「だがそれは、正しかったのだろうか?」
彼の瞳がわずかに揺れる。
「ルシアン殿下」
私は彼の言葉をそっと遮った。
「あなたが何を思ってここにいるのか、私はまだ測りかねています」
その言葉に、ルシアンはわずかに目を伏せた。
「君に、信じてほしいとは言わない。ただ……もう二度と、君を傷つける側には立たないと、誓う」
「誓いなんて、いらない」
私はきっぱりと言い切る。
「信じるかどうかは、私が決めます」
数秒の沈黙。
そのあと、彼は苦笑しながら小さく頷いた。
「……そうだね。君は、もうあの頃のアメリアじゃない」
「ええ。私はもう、“ただの姉”じゃない。国に翻弄されるだけの、哀れな女でもない」
私は席を立った。
去り際、ふと彼に問いかける。
「リリーの正体に、あなたは気づいたの?」
ルシアンの笑みが、わずかに翳る。
「君が死んだあとに」
「遅すぎるわ」
背中越しに、私はそっと目を閉じた。
救いでなくてもいい。せめて、背を預けられる相手であってほしい。
王宮から戻ってきた私は、胸の奥に静かな余韻を抱えていた。
やはりルシアンも回帰者。
そして、彼は前世の罪を悔いていたようにも見えた。
だが、それだけでは何もわからないし変わらない。
私は彼を信じたくないわけではない。
やり直したこの世界で、私自身の意志で、再び誰かと歩む道があるなら“それを真の目で選びたい”。
たとえその誰かが、かつて私を裏切った人間だったとしても。
たとえ過去の事実があったとしても、そのことで恨むつもりはない。




