9話『縁談の報せ、決意は胸の奥に』
母の命を脅かす毒の香草袋を未然に発見してから数日。
使用人たちの間には、妙な緊張感が漂っていた。誰もが互いの顔色を窺い、ミスひとつが命取りになると理解し始めている。
わたしに逆らえば故郷に返すと告げたからだろうか。
それでいい。私は“恐れられても構わない”。
守るべき者を守るためなら、私は“悪女”の名を背負うと決めたのだから。
だが、そんな矢先、さらなる火種が――王宮から届けられた。
一通の書状だった。
「公爵家からの縁談?」
私の手の中には、金の封蝋が施された厚手の羊皮紙があった。
宛先は、私の名前。
そしてその差出人は――第一王子ルシアンではなく、彼の叔父にあたるマルグレーヴ公爵家。
「これは……」
王太子を取り巻く派閥争いの中、ローズウッド家を手に入れたいという思惑が働いている。ローズウッド家の“従順な令嬢”が手に入れば、公爵家としても都合がいい。
そしてリリーがその筋書きを助けている可能性は――極めて高い。
「……確か」
前世でこの縁談はなかった。母の勧めに従って“王家との縁”を優先しようとした――だが母が亡き後、誰からも守られずに孤立してしまった。
だが今回は違う。
私はリリーの思う壺にはならない。
***
母のもとへ出向き、縁談の件を告げると、彼女は不安げな顔を見せた。
「マルグレーヴ公は……確かに由緒ある家門ではあるけれど、あなたにはまだ早い話ね……」
「ええ、そう思います。……だから私は、断るつもりです」
私は、“自分で選ぶ”と決めた
そう心で言いながら、胸のネックレスを握りしめた。
“運命を一度だけ巻き戻す”力。その代償と重みを、私は誰よりも知っている。
だからこそ、二度と他人の意志に流されるわけにはいかない。
「お母様。私を信じてくれますか?」
問いかけに、母は少し目を見張ったあと、そっと微笑んだ。
「……ええ。信じるわ」
その言葉が、胸に染みた。
この笑顔を守るために、私は“選び続ける”。
***
その日の夕刻、王宮からの使者がふたたび訪れた。
「ローズウッド家のアメリア嬢に、王子殿下よりお手紙がございます」
届けられた手紙には、簡潔な筆致でこう綴られていた。
『君の選択を、僕は見届けたい。
君の決断を、王宮で待っている。 ルシアン』
ルシアン――。
あなたは私の“味方”なの?
それとも、ただの“傍観者”?
前世では、あなたは私の処刑命令に署名をした。
でも、今のあなたは、違う目で私を見ているように思う私がいる。
だからこそ、答えが欲しい。
「……ルシアン」
***
夜。
リリーが、廊下で待っていた。
「お姉さま、お忙しそうですね。縁談のことでお悩みかと思って……お力になれることがあれば」
その顔は、いつものように“天使の妹”を装っていた。
けれど、その目の奥にある期待と嘲りが、私には手に取るように見えた。
おそらく彼女は、私が公爵との縁談を受け入れると思っている。
「ありがとう、リリー。でも私は、誰の手も借りずに決められるから。あなたの優しさは、いつか誰か別の人にあげて」
一瞬だけ、リリーの微笑が凍った。
でもすぐに、柔らかく笑って言う。
「……そう。では、良き未来を、お姉さま」
その言葉が、毒のように甘く響いた。




