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忘れられない、たった一つの願いごと  作者:
最終章:想いの果てに

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繋がる世界Ⅳ

「桃華! そろそろ出ないと遅刻するわよ?」

 台所から声を上げて呼ぶ母さんの声が、仏壇の部屋にいた私に届く。



 今日から私の高校生活がはじまる。通うのは村から一番近い学校。その学校は、トシ兄が行くはずだった高校だった。



 真新しい制服に身を包んだ私は、胸元のリボンがちゃんと結ばれているか気にしながら、仏壇の前に正座していた。



 再び母さんの呼ぶ声が聞こえて、私は「はーい」と返事をすると、写真の中で笑ってる二人に向かって「行ってきます」と言い、ようやく立ち上がった。



 玄関を出て、家の前に停めていた自転車に跨がると、えいっと小さなかけ声でペダルを漕ぎ出す。



 自転車だと家から学校まではそう遠くは感じない。流れていく景色を眺めていたら、あっと言う間だ。それも通い続けていれば、いずれこの景色もつまらないものになるんだろうな。学校も、そうならなければいいけど。考えただけで、ペダルを踏む足が一気に鉛のように重く感じた。



 校舎の敷地内にある駐輪場に自転車を停めて、籠から鞄を取り出した。途端に気が重くなって、体までもが急に重たく感じた。



 ここから歩いて校舎に向かう道のりが、私にとって一番果てしない。中学よりちょっと大人びて見えるみんなが、入口に吸い込まれるようにして歩いていた。その中に自分が混じっていることに多少の違和感を覚えながら、ここまで来れた自分を励ますように、ただ足を前に運ばせる。



 とりあえず玄関まで。次は自分の下駄箱の前まで行って、そこで上履きに履き替えて……。

 流れに任せれば成せることが、私には難しい。これから訪れる先々が頭の中で見通しが立たないと不安でならない。いつこの足が止まってしまうか分からない。



 いつでも引き返してしまう自分がいるのも確かで、数秒先の自分の心なんて予想もつかない。いつ発作がきてもおかしくない危険な状態だった。


 

 玄関まで辿り着ける自信がなくなってくると、鼓動が速くなって、お腹がズンと重くなるような感覚に襲われた。


 

《桃ちゃん、頑張って》

 囁くような声が近くにあった草の茂みの中から聞こえてきた。

「うん、頑張る」

 私は一応近くに人がいないか確認してから小さく呟くと、再び校舎に向かって歩き出した。



 さっきついたばかりの溜息を、またついてしまっている。玄関に着くまでに一体自分は何度溜息をつくんだろう。自分で自分がうんざりする。



 私は鞄を肩から提げながら、鞄の外ポケットに入ってるものを外から触れた。入っていたのはビー玉だった。一度割れた筈のビー玉は、温泉街から帰るバスの中でトシ兄に会ったあと、不思議と元に戻っていた。



 世界は繋がる。トシ兄はそう言ったけど、あれ以来このビー玉に何の変化も見られない。もちろん私の周りにも。



 私は鞄の外ポケットから手を離すと、肩に鞄を掛け直してまた歩みを進めた。



 すると突然、自分の横を一陣の風が吹き抜けて行った。かと思えば誰かに背中を軽くポンと押された気がして、弾みでタタタンと三歩前に出る。何とか踏みとどまって顔を上げたその時だった――



 視線の先にいた、この学校の制服を着た一人の男子生徒に目が留まった。どこかで見たような後ろ姿に、まさかと思って私の目は一瞬にして釘付けになる。



 頭の中で、たった一つの憶測が浮かび上がると、心臓の鼓動が駆け足で刻みはじめて、そのまま息をするのも忘れて大きく目を見開いた。



 派手な着物なんか羽織ってないし下駄も履いていない。もちろんあのふざけたお面も付けていない。




 私はふと思い出す。それは、叶うはずないと思ってずっと胸の奥にしまい込んでいたものだった。


《――もし私がいる世界とあなたたちの世界が重なる現実があったなら、私は今度こそ絶対に目を逸らしたりしない》




 制服の上からでも分かるほっそりとした体で彼は振り返り、そして私に向かって言う。



「どうだい? 君が夢みた世界も、案外悪くはないだろう?」



 名前も知らない。顔も知らない。でも私には分かる。



 涼しげな目。得意げに緩めた口元。朝陽に晒された瞳の色は、確かに琥珀色をしていた。



「っうん!」

 私は大きく頷くと、笑顔で彼の元へと駈け寄った。

 


 刹那――

 シャン……ッと鈴が鳴る音が頭の中に響いて、私は後ろを振り返った。



 すると、向こう側に歩いて行く二人の後ろ姿が……



 それが、トシ兄と幼いばあちゃんの後ろ姿だったように、私には視えた気がした――



 了

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