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忘れられない、たった一つの願いごと  作者:
最終章:想いの果てに

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弔いⅢ

「はぁ……まったく慣れないことをするからだ。そういう時に限って、必ずろくなことにならない。まぁ最後はこうして丸くおさまったわけだから良かったのか?」

 しっくりしないといった様子で琥珀さんはうちわを後ろから取り出した。そのまま仰ぐのかと思いきや、自分の肩をトントンと叩く。


 

 その様子がイライラしているようにも見えて、琥珀さんがそのうちわを使ってこの温泉街をまたあの真っ黒な世界へと戻してしまうのではないかと思ってドキドキしながら琥珀さんの手元から目が離せないでいた。


 そのうちわを手に一振りするだけで、たちまちあらゆるものが元の姿に戻っていったのを私はこの目で見た。だからきっと、いや多分絶対にその逆も然りと私は思った。



「君もとんだ災難だったね?」

 狐のお面が私に向くと、肩を竦めて他人事のように言われる。



「はぁ」

 私は気の抜けた声を漏らして、琥珀さんが取り敢えずうちわをまた帯の後ろに差したのを見てホッとした。



 あの時琥珀さんを探す当てもなく、特にやることもなかったから掃除に勤しんだ結果、まさか雲外鏡さんが鏡台を掃除してくれたお礼をしようとしたなんて。ありがたいやらなにやらで、それが回りまわって、琥珀さんの結界が歪む要因となって、兼光さんの積もり積もった恨みは炸裂し(それは思い違いだったわけだけど)、更に女将が怨霊となって現れて、この温泉街が危うく無くなるところだった。



 全くの予想外の展開に私は言葉も出ない。

『そもそもこの騒ぎは君がはじめたことだろう?』

 焼け落ちた温泉街の中で琥珀さんに言われた言葉を、まざまざと思い起こさせられる。正にその通りだったと言ってもよくて、この上なくきまりが悪い。私は小さく溜息を吐いた。



 最後は丸くおさまったから良かったのか……。さっき琥珀さんもそう言ったてくれていたし。私はモヤモヤした気持ちを抑え込んで無理矢理どうにか腑に落とした。



「今なら桃華殿のお望みとあらばどんなものでも見せてやるぞ? 狐殿のあんなことやこんなことも」

 雲外鏡さんは人差し指を立てて顎に添えると、肩から上を左右に揺らしながら楽しげに言う。それに琥珀さんはすかさず脅すように言う。



「そんなことしてみな? 僕の手に掛かればお前を二度と鏡から出られなくしてやることだって出来るんだ。今すぐにやってあげてもいいんだぞ?」



「おーくわばらくわばら」

 雲外鏡さんはそう言って私の後ろに隠れるようにして回り込んだ。でも私の方が雲外鏡さんより大分背が小さいから、屈んでも全然隠れきれていない。さっきから雲外鏡さんに何かと強く当たる琥珀さんならやり兼ねなくもない。そう思った私は、フンと腰の横に両手を当てて雲外鏡さんを守るように琥珀さんの前に立ちはだかった。



「そんなこと私がさせませんよ?」



「そんなことするわけないじゃないか。はぁ君は相変わらず冗談も通じないのかい?」

 琥珀さんは呆れたように溜息をついて、「君も妙なものに懐かれたものだね?」とこれ以上付き合っていられないといった様子であっさりこの場から離れて行ってしまった。



 私は琥珀さんが何だかいつもと様子が違う気がした。いつになく苛ついていて、素っ気ない感じがする。私は琥珀さんの後ろ姿を見送るように見ていると、「桃華殿」と雲外鏡さんにそっと呼ばれた。振り返ると、雲外鏡さんの隣には兼光さんの姿があった。



「兼光さん……」


 街を歩くみんなが浴衣を着る中で、兼光さんはいつもと変わらない恰好だった。紫の上衣の下から白い袴が覗く狩衣の姿で、雲外鏡さんの隣で穏やかな笑みを絶やさずに立っている。



 その笑顔から僅かに下へ視線をずらすと、腰に帯びた一本の刀が目に留まる。もちろんそれは、私の目の前で取り戻した自身である備前兼光。片手に添えられた鞘は、この賑わった街の眩しい光と相反するように、兼光さんの腰元で静かに漆黒の色を落としていた。



 琥珀さんがこうもあっさり身を引くように去っていったのは、兼光さんがやって来たことに気付いたからかもしれない。こっちへわざわざやって来たのは、雲外鏡さんに一言ものを言いたかっただけなのかな。とふと私は思う。



 鏡の中で私と一緒にいくつもの過去を見届けて、最後は怨霊となった女将に立ち向かい本当の自分を取り戻した兼光さんと、いざこうして改めて会うと、照れ臭いような何とも言い難い不思議な気持ちで一杯になる。まともに兼光さんの顔を見ることが出来なくなって私が俯きかけた時、兼光さんの方から口を開いた。



「桃さん。浴衣姿、とてもよくお似合いですよ?」

 思いがけない言葉に、私は俯きかけたまま固まって、顔がカーッと熱くなるのを感じた。自分が今、浴衣姿だったことをすっかり忘れてた。



「あ、ありがとうございます。牡丹ちゃんに着せてもらったんです……」



「ほぉ? 牡丹にですか」

 兼光さんは切れ長の目を細めると、私の隣にいた牡丹ちゃんに向けた。その視線から逃れるように牡丹ちゃんは兼光さんから目を逸らす。その様子を見た兼光さんはフッと口元を緩めた。



「とても見立てがいい。牡丹にしてはいいことをしましたね?」

 牡丹ちゃんはその言葉聞いてホッとしたように頷いていた。何となく嬉しそうな表情の牡丹ちゃんを見て私も安心する。



「私なんかが着ると馬子にも衣装ですよ」



「いえいえ、全くそのようなことはございません。いつも着ていらっしゃる服装もオレは好きですが、着物姿もいいですね? こうして見ると、ヒナ子様の面影を思い起こされます……」

 兼光さんは最後言い淀んで、顔を僅かに曇らせた。いつも私が着てるジャージ姿が好きだということはそっと静かに受け止めて、私は兼光さんに声を掛ける。



「兼光さん、こんな私で良ければ、ばあちゃんのことを好きなだけ思い出していいですよ? 私のばあちゃんを今でも大事に想ってくれて、私は嬉しいですから」



「ありがとうございます。桃さん」

 そう言った兼光さんの表情は、心なしか嬉しそうに見えた。



「ところで桃さん、妖狐殿に何か話したいことがおありなのでは?」

 突然話を切り出されて私は「話したいこと?」と訊き返す。



 すると雲外鏡さんが、「おーいっ」と川の向こうに声を上げて手を振り出した。振った先に目をやると、今正にリンゴ飴にかじりつこうとしている琥珀さんが見えたけど、琥珀さんに雲外鏡さんの声に気付いた様子はなかった。



「雲外鏡殿。そういうことでは……」

 すかさず横から兼光さんの声が入る。



「ではどういうことなんだ? 狐殿に用事があるのだろう?」

 雲外鏡さんは端正な顔を傾けた。



「あることにはありますが、一連の流れというものがあるのですよ?」

 兼光さんがそう教えても、雲外鏡さんはまるで分からないといった様子でいる。そもそも雲外鏡さんはどこか達観しているというか、何を言われても気に留めず動じないところがある。それでもこの二人のやり取りは、年の近い兄弟みたいで何だか見ていて面白かった。



 もちろん兄は兼光さんで、弟は雲外鏡さんだ。二人の間には終始ゆったりと時間が流れているみたいで、これがもし兼光さんでなく琥珀さんだったら、雲外鏡さんの言うことなんか即打ち消して一蹴してしまうんだろうなと思ったら可笑しかった。



 兼光さんは雲外鏡さんに理解してもらうのは一先ず置いておくことにしたらしく、私の方に体を向き直して言った。



「桃さん、妖狐殿のところに行ってさしあげては?」

 突然促されて、私は「え?」となった。



「妖狐殿はこの温泉街が元に戻った後、それはそれは桃さんのことを心配しておられましたよ?」



「琥珀さんが?」

 私は信じられない気持ちで訊き返した。そもそもこの騒ぎは君がはじめたことだろう。投げやりに言って、私にこの温泉街をどうするか決めさせた。そのあとはそれについては何も音沙汰なしだ。とても心配していたなんて思えなかった。

 


「ええ、確かに桃さんに対して少々強引なところはございましたが、妖狐殿は誰よりも桃さんの想いを案じておられましたから」



「私の、おもい?」

 その以外な言葉に私は虚を突かれる。



「それに、桃さんも琥珀殿に訊きたいことがおありなのでしょう?」

 そう言われてしまってから私は固まった。私が琥珀さんに訊きたいこと? どうして兼光さんが、知ってるの……? そう思いながら兼光さんの顔を私は見た。



「すみません……雲外鏡に過去を見せてもらった時に、桃さん、あなたの心をふとオレは見てしまったのです」



「私の、こころ……?」

 兼光さんは申し訳なさそうにして謝った。それに対して私は、怒りや恥じらいといったものは込み上げてくることはなかった。むしろあれだけの記憶や過去を一緒に目の当たりにして、そこに自分の隠し事が垣間見れても不思議じゃないし、兼光さんなら知られてもいいと思った。知られても、兼光さんなら怖くはない。でも――



「い、いいんです。間違ってもそんなことあり得ませんから。訊いても無駄なんです……」



「桃さん? あとになってはオレのように後悔しますよ? 訊きたいことがあるなら今がその時でございます。例え違っていても、その想いは伝えられる時に伝えなければ。二度と会えなくなってからでは、何もかも遅いのですよ?」



「桃華ちゃん、行って?」

 そう促したのは牡丹ちゃんだった。



「牡丹ちゃん……」



「桃華ちゃん……ありがとう、私の想いに気付いてくれて。でももう大丈夫だよ? 私にはヒナ子ちゃんとの思い出があって、そこに思いがけず桃華ちゃんとの思い出も出来から。今度は桃華ちゃんの番」 

 牡丹ちゃんはそう言って、私の背中をポンと押した。



 私は数歩進んで牡丹ちゃんを振り返った。笑みを浮かべる牡丹ちゃんと、その後ろで兼光さんが微笑みながら小さく頷いたのが見えた。



「あっ狐殿が山の方へ行ってしまうぞ?」

 雲外鏡さんが額に手をかざしながら言った。その瞬間、私は居ても立ってもいられなくなって、



「私、行ってくる!」

 気付いたら三人に向けて声を上げ、走り出していた。

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