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忘れられない、たった一つの願いごと  作者:
最終章:想いの果てに

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弔いⅡ

 すると牡丹ちゃんが私の横から一歩前に出て、「鏡さん、お久しぶりです」とその綺麗な人に向かって軽く会釈をしながら挨拶したので、私は「鏡さん?」と目の前にいるその人を改めて見た。



「おぉ牡丹、元気だったか?」



「はい」

 二人は顔見知りのようで、牡丹ちゃんもかしこまる様子もなく、いつも通りというように言葉を交わしている。私はキョトンとしながら二人を見ていた。



「牡丹ちゃん、この人知ってるの?」



「うん、滅多に会わないけど。前に会ったのは確か……」と牡丹ちゃんが言いかけて考えていると、そばにいたその人が「牡丹と会うのは百二十三年振りになるか」と代わりに答えてくれた。



 でもその数字は人が感じる時間の流れとは随分感覚がズレていて、私は取り敢えず「へぇ」と理解したようなしていないような返事をした。



 するとその〝鏡さん〟という人は、突然「あぁそうだ」と何か思い出したように私の方に体を向けると、「挨拶が遅れてすまぬ。お初にお目にかかるが妾は雲外鏡。よろしくな? 桃華殿」と一礼した。



「うんがいきょう……?」

 私はその名前を反芻して、ややあってからハッとした。



 雲外鏡。確か鏡の付喪神。私が今泊っている部屋にあるあの鏡台の? さっき私にいつも綺麗に磨いてくれてと話していたのは、そういうことだったのか。



 この人が雲外鏡……私に真実を見せてくれた鏡だ。どおりでこの人が私のことを知っていて、私が知らないわけだ。



「私の方こそ、鏡を通してたくさん大切なことを見せてくれてありがとうございました」

 ガバッと頭を下げて顔を上げると、突然雲外鏡さんの端整な顔がすいっと私の顔の前に近付いた。



「こちらこそです。桃華殿」

 どのパーツを取っても美しい造形に、私は目のやり場に困って思わず目を逸らす。



 でも雲外鏡さんの独特で人懐こい喋りが、会って間もない私でも打ち解けやすくて、この場の雰囲気を和やかにさせていた。まるで緩やかに流れる川のようにつかみ所がないところが誰かさんに似ているなと思っていると、その思い当たる誰かさんの声が後ろから聞こえてきたから、私はビクッと肩を揺らして振り向いた。



「なにをそんなに楽しそうに話している?」

 さっきまで川の向こう側で子供たちと楽しそうに遊んでいた筈の琥珀さんが、いつの間にかこっち側まで来ていた。



 するといきなり琥珀さんが私の肩に腕を回してきた。私は少し驚いて、慣れない下駄を履いていたせいもあってよろめいてしまう。けど琥珀さんの腕がしっかりと私の肩を支えてくれたおかげで転ばずに済んだ。



 横を見ると顔のすぐそばに狐のお面がいて、私の胸の鼓動が一度大きく跳ね上がる。そんな私を知ってか知らずか、琥珀さんはそのまま雲外鏡さんに向かって言った。



「雲外鏡。お前がこの子の家へ行ったばかりに、ややこしいことになったんじゃないか」

 その言葉に私は「え?」と驚く。



「私の家に? どういうことですか?」



「鏡を通って神主の振りをしてわざわざ君の家に行ったのは、なんと雲外鏡だったのさ」



「鏡を通って? ってどういうことですか?」

 琥珀さんが声高らかに明かしてくれても私はまだピンと来ず、益々混乱する。



 すると琥珀さんは、「君の家に古い鏡台、もしくは鏡なるものはなかったかい?」と肩に手を乗せたまま訊いてきた。



 古い鏡台? 私は訊かれたままに、家の中にあるものでそれらしいものがないか記憶を探った。すると、ばあちゃんの部屋に置いてある、古くて洋風な三面鏡になった鏡台に思い当たる。

「あ、あります! 鏡台が!」



「君が今泊っている部屋にある鏡台と、君の家にあるその鏡台は鏡同士で繫がっていたのさ。そこにいる雲外鏡によってね?」

 琥珀さんはようやく私から離れて胸の前で腕を組むと、顎でもって雲外鏡さんを指した。

「そうして一度出来た通り道は、雲外鏡だけが行き来できるというわけさ。どうせ君や、その他関わる人間の記憶を探ったんだろう」



「雲外鏡さんが? どうしてそんなことを……?」

 私は思わず疑問を口にした。それには琥珀さんではなく本人が答えてくれる。



「すまんすまん。妾をいつも綺麗に磨いてくれる桃華殿のために、妾でもって何か役に立てないかと思ったまでさ。桃華殿は何やらスミダマという薬のことが気が気でないと、いつも一人でブツブツと呟いているのを鏡の中にいた妾は耳にしてな? その薬は何でも桃華殿の祖父君が作っているもので、その大事な薬が盗まれたというではないか。妾が出来ることといったら、鏡の中を移動したり、人の記憶や真実を見せてやることぐらいだが、その妾の力でもって何かしてやれないかと考えてると、あることに閃いたのだ」

 立て板に水を流すように雲外鏡さんは説明してくれた。すると穏やかだった表情を急に引き締めて続けた。



「陰の感情は陰の連鎖を招きかねない。だからそうなる前に桃華殿の心配事を払わなくてはならない。しかしその為には先ずは陰の気を取り除いてあげよう、と考えたのだ」

 そう言って最後はニコッと私に微笑みかけた。



「インの連鎖? インノキ?」

 聞き慣れない言葉に理解が追いつかない。ただ雲外鏡さんが、私の為を思って何かしようとしてくれたことは分かった。それとやっぱりその《《いん》》という言葉が耳に付いて離れなかった。そんな私を見兼ねてか、琥珀さんが分かるように説明してくれる。



「雲外鏡の言う《《陰》》とは、つまり負の感情のことを言っている。君が前に、あの心を写す洞窟に引き込まれたのも、負の感情が君の中に強く出ていたからだ。雲外鏡は、陰の気が君の家に存在する限り、君がここでどう足掻こうと負の連鎖を断ち切ることが出来ないと考えたのだろう。心の陰を沈める、つまり先ずは君の家族の不安を取り除こうとしたのさ」

 一息に話し終えると、狐のお面の裏から長くて深い溜息が聞こえてきた。



「いかにも単純な奴が考えそうなことだ。陰を避けるだけでは解決にならないというのに。現にそんなことしなくても、この子は立ち向かえたさ」

 琥珀さんは嫌味を交えて付け加えるけど、雲外鏡さんに意に介した様子はまるでない。



「狐殿、妾のために説明をありがとう」とお礼まで言ってる始末だ。



「別にお前の為に説明したわけじゃない。おめでたい奴め。その陰の気を使って僕が封印していたものもあったというのに。まったく余計なことをしてくれたよ」

 琥珀さんは憎まれ口を叩くと、肩を竦めて頭を左右に振った。



 雲外鏡さんに対してそんなに怒らなくてもいいのにと思う私だけど、琥珀さんは琥珀さんで、この温泉街を幻想で作り替え、そして結界で守っていた。それをいくら悪気が無かったとはいえ安易に壊されたとなると怒るのは無理もないかもしれないと思う。見る限り、ただこうやって小言を並べてるだけで、別に仕返しをするわけでもなく取り立てて本人も本気で怒ってるわけでもなさそうだ。私は話を戻した。



「それで雲外鏡さんは私の家に行って、お祓いや祈祷をしていったんですね?」

 確かに私はこの温泉街に来てからもいろんなことに心配が及んでいた。盗まれた薬の行方はもちろん、それを解決出来る人を私一人で捜し出せるのかという心配。家で私の帰りを待っている家族みんなが心配だった。



 それが琥珀さんが言う、私に強く出ているという負の感情に繫がっていたのか。でもそれだけじゃないと私は思う。自分には常に不安や怖れが付き纏っていて、それが今では心の奥底にすっかり沈んでしまっている。それらを自分で掬い上げることすら出来なくなっている――



「まさかそれが返って封印を解く手助けとなってしまい、狐殿の結界に歪みを与えてしまうことになっていたとは……本当に面目ないことをした」

 雲外鏡さんは、自分がやった事の重大さにやっと気付いたようで、シュンとなって目を伏せると、琥珀さんと私に向かって頭を下げた。



「まぁそれだけが原因じゃない。そこにいくつかの強い怨念が加わったせいでもあるから、お前もあまり気を負うな」

 琥珀さんは頭を掻きながら言いずらそうに言った。そのいくつかの怨念には、貞治さんと多恵さん、そのお母さんである女将、そして兼光さんも入っているんだろうと私は推測する。



 雲外鏡さんは琥珀さんの言葉を耳にするや否やパッと明るい顔を上げた。

「では妾のせいではないのだな? それは良かった。あっ鏡はもう通れなくされたから妾が家に行くことはないから心配いらないぞ? 桃華殿」と私の方を向いて片方の目をつぶって見せる。



「は、はい」と返事をする私の隣で「お前のせいでないとは言っていない。現金なヤツめ」と琥珀さんが呟いた。

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