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忘れられない、たった一つの願いごと  作者:
最終章:想いの果てに

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弔いⅠ

 正午を過ぎた頃、日の傾きと共に祭り囃子が聞こえてきた。あやかしたち(彼ら)の時間が刻一刻と迫ってきている。



 今夜はここ九十九温泉街で夏祭りが行われるそうだ。普段この辺りの妖たちはこの温泉街と山とを行き来することはない。琥珀さんの言葉を借りれば、出来ないと言った方がいいのかな。



 山の妖たちは、今日一夜限り、この温泉街に下りて祭りを楽しむことが出来るのだ。そして普段決して会うことのない恋人同士も、たまさかの逢瀬を楽しむことが出来る。まるで天の川を渡って年に一度だけ出会える織姫と彦星みたいに――



「桃華ちゃん」

 開けた障子窓の下に軽く腰を掛けて、外にある裏山を眺めがら祭り囃子の音に耳を澄ましていると、ふいに後ろから牡丹ちゃんの声に呼ばれた。



 振り返った私は、ちょうど部屋に入ってきた牡丹ちゃんの浴衣姿に目を奪われた。手鞠の絵と桜の花が散りばめられた浴衣模様が目を惹く。猫のようなパチリとした大きな目の横で、赤い絞り玉の(かんざし)がゆらゆらと揺れていた。



「牡丹ちゃん可愛いい。お人形さんみたい」

 惚れ惚れしたように私が言うと、牡丹ちゃんは恥ずかしそうに僅かに俯いて、丸い頰をほんのり紅く染めた。でも直ぐに顔を上げて私を見ると、



「桃華ちゃんも浴衣を着て一緒にまわろう? 私が着付けてあげるから」と大きな目を更に見開いて、持っていた浴衣と帯を上げて私に見せる。

「用意がいいな」

 私は立ち上がると、「せっかくだからお願いしようかな」と牡丹ちゃんにお願いすることにする。今日みたいな日じゃなくても、最近の牡丹ちゃんは用事がなくても、こうして気兼ねなく私の部屋に来るようになっていた。



 牡丹ちゃんが私に着せてくれた浴衣は白い浴衣で、赤や黄色の大きな菊の花を大胆に散りばめた私にしては少し大人っぽいものだった。腰に黄色い帯を締めてくれた後、牡丹ちゃんは私を鏡台の前に座らせた。鏡台はあれ以来沈黙したままで、光りもしないし何も映そうともしない――



 牡丹ちゃんは、一つに縛っていたヘアゴムを外して私の髪を解くと、くしで梳いてから綺麗に結い上げてくれた。そこにつまみ細工で作られた桜の花の簪を挿してくれて、いつも一つ縛りというつまらない私の頭が一瞬で様変わりする。

「はい出来た。すっごく似合ってて可愛いよ、桃華ちゃん」

 牡丹ちゃんは鏡腰に私を見て言った。

「あ、ありがとう……」

 私は何だか急に照れ臭くなってしまって、鏡に映った自分の顔をろくに確認もせずに立ち上がると、「早くいこ?」と牡丹ちゃんを促して部屋を後にした。



 宿の外に出ると、既に温泉街は賑わいを見せていた。道の左右と川を挟んだ向こう側の店先にも屋台がずらりと並んでいて、みんな各々で楽しんでいる様子が見られた。よく見ると人ではないような姿も混ざっていたけど、私は気にならなかった。屋台から飛び交う声とみんなの浮かれた声が、いつもと違う温泉街の夜に溶け込んでいく。



 綿菓子を食べながら歩いている人が目の前を通り過ぎていった。私と牡丹ちゃんは綿菓子に目を惹かれ、キョロキョロと通りを見回した。



「桃華ちゃん、向こうで綿菓子が売ってるよ?」

 牡丹ちゃんは指を指しながら私の袖を引っ張った。



「ほんとだ。行こう」

 私は牡丹ちゃんの手を取って握ると、綿菓子が売ってる屋台へと向かって歩き出した。途中水風船や金魚すくいなどの屋台に目移りしながらようやく店の前にいくと既に数人の客が並んでいて、二人で最後尾に並んで自分達の順番を待つ。



 買った二つの綿菓子をそれぞれ持って、牡丹ちゃんと二人で頬張りながら石畳を歩いていると、川を挟んだ反対側の通りにいた、狐のお面を付けたすらりとした男の人の姿に目が留まった。黒い浴衣に赤い帯。帯の後ろにうちわの柄を差し込んで、横には何故か棒のようなものを差している。いつもと違う装いだけど、私は直ぐにそれが琥珀さんであると気付いた。



 琥珀さんは道の真ん中で、子供たち数人に混ざってコマをまわして楽しんでいた。あのお面にいつもの異様さは感じられず、むしろ今日のこの賑やかな街によく馴染んで見えた。



 琥珀さんと子供たちを横目に少し進むと、橋の上で浴衣を着た仲睦まじい男女の姿が目に入った。オキョウさんとテツノスケさんだ。もちろん今のオキョウさんの姿は蛇ではなく人の姿をしている。遠くから見ても入る隙間もないほどお似合いのカップルだ。



 オキョウさんは一輪の花を手にしていた。その花はキキョウと言って、オキョウさんがまだ人間だった時と同じ名前の花だ。その紫色の花があれば、オキョウさんは人間だった頃の自分を取り戻し、テツノスケさんとの過去を思い出すことが出来る。そこにいたのは、いつも見る居丈高な彼女ではなく、たった一人の前でだけ咲く可憐な少女だった。



 テツノスケさんの前だったらあんなにしおらしくなれるんだと思って見ていると、隣にいた牡丹ちゃんが同じことを言って、私たちは顔を見合わせて笑ってしまった。



 橋の上から流れる川を見下ろすオキョウさんを、テツノスケさんは柔らかい眼差しで見つめていた。きっと二人は昔もあんな風に肩を並べて、ただ一緒にいられる幸せを感じていたんだろうな。



 するとふとテツノスケさんが私のことに気が付いて、橋の上からゆるりと手を振ってくれた。私もそれに振り返していると、突然後ろから知らない声に呼び止められた。



「やぁやぁ桃華殿ではないか」

 振り返ると、目にも鮮やかな薄水色の浴衣を身に纏ったすらっと背の高い女の人が立っていた。



 向こうから声を掛けてきたところを見ると、どうやら私のことを知っているようだけど、私の方はというと、この温泉街に来てから全く見るのも会うのも初めてで、どう反応すればいいか分からず戸惑っていた。

 でもとりあえずこの人も妖であることには違いないようだ。雪の結晶のようなキラキラとした光が体を縁取るように纏っていて、私は思わず目を瞬く。



 透き通るような白い肌に、誰もが目を惹く美麗で、腰まである長い黒髪を赤い紐で下の方に緩く留めて片方の肩に下げていた。



「それにしてもすごい人出だなー。祭りなんていつ振りだ?」

 辺りを見回しながら言うその人のことを、綺麗な人……と私は思わず見蕩れてしまっていた。その美人さは蛇女のオキョウさんに引けを取らない、いや、それ以上と言ってもいいかもしれない。



 ただ気になることが一点。この人はもしかして男の人? 聞く限り声とその口振りは男性のようだし、浴衣の着方も帯の巻き方にしたって男性の装いだ。よく見ると、はだけた胸元に膨らみはない。それでも私はわかりかねて、眉をひそめて目の前にいる素敵な彼なのか彼女なのかわからないその人をまじまじと見てしまう。



「こ、こんばんは」

 私がとりあえず挨拶すると、その人は「ん?」と僅かに顔をしかめて不思議そうな顔をされた。けれど直ぐに何か思い出したように「そうか」と声を上げ「人間は暗くなるとそのような挨拶をするんだったな?」と自分で納得した。



「あぁ、ごめんなさい……気が利かなくて」

 別に自分は悪くもないのに、緊張もあってか私は慌てて謝る。



「謝るのは忘れていた(わらわ)の方だ。人間と接するのは久しぶりだからそんなことも忘れてしまっていたよ。あぁ、でも人間にはついこの間も会ったばかりだったかな?」



「ついこの間?」

 私以外にここに人間がいるの? と思っていると、

「それよりも桃華殿には妾をいつもいつも綺麗に磨いて頂いてなんと御礼を申していいのやら」と唐突にお礼を言われた。



 その言葉に今度は私の方が「ん?」となる。綺麗に磨くって一体何のことだろう。

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