その先へⅡ ~光と再生~
「琥珀さん、ここはどうなってしまうんですか? 九十九温泉街はこれから先も、こんな風に焼け焦げた姿のままなんですか?」
結界が崩れてしまっては、もうどうすることも出来ないと兼光さんにも言われていた。いくら一度は再現した琥珀さんであっても、元に戻すのは無理なのかもしれない。目の前に広がる変わり果てた温泉街を目にしたら、そう思わざるを得なかった。
すると琥珀さんは、うちわで仰いでいた手を止めて胸の前で腕組みをすると、思案するように首をかしげた。何か考え込んでるようだけど、狐のお面がどうしてもそれを胡散臭く見せてしまう。
突然パッと組んでいた腕を解いたかと思うと、いつになくひょうきんな様子で言う。
「さて、これからどうするかな?」
そしてうちわの柄の部分を袴の後ろに差すと、両腕をうんと上げて体を伸ばしはじめる。
まるでこれから何かはじまるんじゃないかという思わせ振りな行動に、若干呆気に取られながらも、「どうするって、何をですか?」と私は思わず尋ねた。
兼光さんは全く彼の言動には皆目見当がつかないといった様子で目を瞬いている。
「何をって、この温泉街をだよ。とおの昔に燃えてしまったんだ。もういらないだろう?」
琥珀さんは肩を竦めて突然突拍子もないことを口にした。
「そんなっ、なんてこと言うんですか?」
あっけらかんとした琥珀さんに私は慌てる。
「そんな簡単にいらないみたいに言わないで下さい!」
本来の姿を失ったこの温泉街を例え偽物とはいえ一度元の姿に作り替えたのは琥珀さん本人だというのに。まるで遊んでいたおもちゃに飽きた子供みたいに言う琥珀さんに、私は呆れ返ってしまった。
兼光さんの耳にも今の話の内容が届いていた筈で、琥珀さんの今の発言に彼が何を思ったか私は気が気じゃなくて、チラチラと兼光さんの顔を窺ってしまう。
「また私が来た時みたいに元に戻すことはもう無理なんですか?」
叶わないと分かっていながらも僅かな望みを私は吐露した。
琥珀さんはそんな私を横目に、「兼光はどう思う?」とこの状況で今度は兼光さんに話を振った。いくら何でも兼光さんだって黙っていないんじゃないかと思って私は益々ヒヤヒヤした。けれどその心配には及ばなかった。
「オレは……今のオレにそれを決める資格などありません……それにオレがこの先どこに身を置くことも許されないことは、覚悟の上です……」
兼光さんはそう言って、硬い表情をより一層硬くする。自分がやったことは過ちだと思ってまだ引きずっているみたいだった。
その様子を見た琥珀さんは話にならないというように、首を振って、「なら桃に決めてもらおう」と、たった今閃いたようにサラッと言ってのける。
「私がですか?」
当然それに私は驚く。外の世界からやって来た余所者同然の私の一言で、みんなのこれからが決まってしまうなんて、そんなことがあっていい筈がない。
琥珀さんが何をしようとしているのかまるで掴めない。というより、そもそも考えなんてものはなくて、行き当たりばったりに話を進めているように感じた。確かなのは琥珀さんだけが痛快な様子で、まるでこれから何か楽しいことがはじまろうとしているかのようだ。
「そうだ。そもそもこの騒ぎは君がはじめたことだろう? みんなの想いがどうのこうのって……」
「それは、そうかもしれないですけど……」
私は言い淀む。責任転換されたようで当惑した。言われてみれば確かにその通りだった。帰ってもいいと言われたのに、ここにいるみんなの想いを見過ごせないといって残ることに決めたのは誰でもない自分自身だ。私は何も言い返せなかった。
「どうだい? もう何もかも面倒になったかい? それとも彼らのことなどもうどうでもよくなったかい?」
全く頭にないことを問われて、「まさかっ」と私は勢いづいて言うと、「じゃあ頼む」と簡単に言われてしまう。
でもこの瞬間私は、散々振り回された挙げ句、ようやくというように琥珀さんが言わんとしている意図に何となく気付いてしまう。私ならどうするか、琥珀さんははじめから答えを知っていて、敢て私に決めさせようとしているように思えた。それなら、と私は覚悟を決めて口を開く。
「それじゃあ言います。この温泉街は、私がはじめて来た時と同じ姿に戻して下さい。みんなの想いが詰まったこの居場所を、みんなに戻して返してあげて欲しい」
「偽りの……幻想の世界だとしてもかい?」
最後にもう一度問われ、私は狐の顔を真っ直ぐと見据えて大きく頷いて見せた。
「相わかった」
琥珀さんが私に答えた時だった――
待ってましたと言わんばかりに、琥珀さんは腰の後ろに差していたうちわを取り出して、その場で舞うようにうちわを振り上げた。
すると突然、冷たく澄み切った穏やかな風が私たちがいる通りに流れ込んできた。見上げると黒雲は薄れ、雲の隙間から夕陽が射し、空が次第に明るくなっていく。
地面に茜色の日が雨粒みたいに落ちてそれが広がると、私の足元から順に、砕けた石畳がひとりでに綺麗に敷き直されていった。
たちまち焼け崩れた建物がバラバラになった積み木を組み合わせていくように再生されていく。まるで過去へと遡って早戻しされていくみたいに。
崩れた看板が、次々に真新しい姿となって建物の入口に揚げられ、崩れ落ちた橋も元の姿に再生され元あった場所に置き換えられた。
日は傾き、温泉街全体が徐々に夕陽色に染められていった。すると宿の窓から次々と明かりが漏れ出し、街灯にボゥッと火が灯されると、木々の騒めき、川のせせらぎ、囁くような声たちまでが、まるで息を吹き返したみたいに聞こえてくる。温かい光が、あっという間に黒い街を包み込んでいった。
白虎宿屋を振り返ると、兼光さんが宿を背にしながら私の方を見つめて立っていた。その姿は、初めてここを訪れた日のことを思い起こさせる。
兼光さんの玉のような白い肌に夕日の光が当たる。飴色に染まった顔に笑みが浮かんだ。
それは初めて兼光さんと会った時のように、とても優雅で、穏やかな優しい笑顔だった。
私はそんな兼光さんを、陽だまりのような温かさを体に感じて、いつまでもいつまでも見つめていた――




