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忘れられない、たった一つの願いごと  作者:
最終章:想いの果てに

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その先へⅠ ~光と再生~

「その光は一体何なのですか?」

 怨霊と化した女将を切ってから正気を取り戻した兼光さんが、不意に私の方を見て言った。その目は暗闇からやっと光を取り戻したようで、もう血走ってはいなかった。



「ひかり?」

 私は徐に自分を見下ろした。すると自分のズボンのポケットの中が、光が納まりきらないほどに溢れていた。


 

 私は恐る恐るポケットの中に手を入れると、中にある小さな硬い玉に触れた。琥珀さんが私のポケットに勝手に忍ばせたビー玉だ。



 私はそのビー玉を握ってポケットの外に出すと、握っていた手を開いた。ビー玉が手の上で光ったり消えたりと明滅を繰り返していた。



「鏡の前に立ったときからずっと微かな気配のようなものを感じておりましたが……まさかその光り輝いている玉だったのですか……?」



「でも今までずっと光ってなかった」

 思えば琥珀さんの声が途絶えてから、ビー玉の存在すら忘れていた。ポケットに忍ばせていたから、そもそも元から光っていたのかすらも分からない。



 すると手に持っていたビー玉が突然光を失い、ピシッとヒビが入るや否や、真っ二つに割れてしまった。その様子に呆気に取られていると、背後で何とも気の抜けた声と下駄の擦れる音が聞こえてきた。



「やぁやぁ……飛んだことに巻き込まれてしまったなぁ。さすがの僕も今回のことは万事休すかと思ったよ」

 振り返るとそこに琥珀さんの姿があった。



「琥珀さん!?」

 私は驚いて思わず声を上げた。



「ここまで来るのにどんだけ僕が苦労したことか」

 こっちの苦労はお構いなしに、小言を言いながらこちらに向かって歩いくる。手に持ったうちわでパタパタと扇いでいるけど、狐のお面を付けたその顔に、果たしてその風は意味があるのかと疑問を持ちつつ私は黙ってただその様子を見ていた。



 琥珀さんは私の前を素通りしてそのまま進むと、兼光さんの前でピタリと止まった。そして、琥珀さんが現れてから依然として厳しい表情を崩さないでいる兼光さんに向かって声を掛けた。



「兼光、自分を取り戻せたか?」

 こともなげに訊いてきた琥珀さんに兼光さんは戸惑いの表情を浮かべていた。自分は、ばあちゃんの持っていた人形ではなく備前兼光だと言われてから、琥珀さんが自分の分身であるその備前兼光と一緒に現れたのだから、そうなっても仕方がない。



「なぜお前が備前兼光を持っていた?」

 兼光さんは怪訝に尋ねる。



「何故って、僕が預かっておいてあげたんじゃないか。お前の魂といってもいい大事なものを、お前自身が忘れていたんだ」

 仕方がないだろう? と琥珀さんは肩を竦める。

「おかげで本来の自分をとりもどせたんだから良かったじゃないか?」

 私が知ってるいつもの軽い調子で琥珀さんは言った。私はいつまたさっきみたいに兼光さんが取り乱すかとヒヤヒヤしながら二人の様子を見ていた。



「全部はじめから知っていたのですか?」



「刀はいずれ返すつもりでいた。でも返す機会があまりにも訪れないものだから。そもそもお前が心底嫌ってる僕が急に出ていったところで、兼光、お前は何も信じないだろう? だからこの子に託すことにした。それは桃にしか出来ないことだと思ってね?」

 そう言って狐の顔が私に向いた。



「琥珀さん、兼光さんは人形の付喪神じゃなくて、本当はこの刀の付喪神だったんですね?」



「ああそうさ? だから兼光はその鞘から刀を抜くことが出来た。これは他でもない、本人にしか成せないことであって、その刀が兼光である何よりの証拠だ」

 兼光さんは、手にしていた自分である刀を僅かに持ち上げてじっと見つめていた。



「そうでした。オレは……」

 しばらく沈黙したあと、ゆっくりと過去の自分を反芻するように兼光さんは語りはじめた。



「オレは備前兼光。あまりにも早い死を遂げた元主の手を離れることになったオレは、長い年月を巡り経て、新たな持ち主の手に渡ることとなった。この白虎宿家の当主の手に。オレはまるで、長い眠りからようやく覚めたようだった」

 兼光さんはその頃の懐かさを噛みしめるように言った。



「当主は愛刀家としてこの辺りでは有名でした。オレの他にも名だたる名刀が、当主の元に集められていた。その中でも特にオレを当主は可愛がってくれた。が、しかし、オレが写しだと分かると、主人はオレに見向きもしなくなったのです。そして納屋同然の部屋にすぐさま捨てられた。なんの因果か、当主が後に入れられることになったあの座敷牢がある部屋にです」



「うつし……?」

 私は聞き慣れない言葉に呟く。そういえば、さっき備前兼光の刀が現れる時、琥珀さんの声が言っていた。うつしであろうと関係ない、と。



 すると隣にいた琥珀さんが、「本物そっくりに作ったものだということだよ」と教えてくれる。兼光さんは続けた。

 


「曲がったことが嫌いで、自尊心が高い筈の当主が突然正気を失った。俺が捨てられてしばらく経ってからのことでした。恥ずかしく思った家族らは、気が触れてしまった当主が人目に触れないようあの部屋に座敷牢を作って当主を閉じ込めたのです。生憎既に捨てられあの部屋にいたオレは、幸か不幸か、当主の最後を見届けることとなった……」



「その後間もなくして当主は家族以外の誰にも知られることなく亡くなり、オレはまたひとりになりました……」



「時は流れ、ある日ひとりの少女がここへやって来た。最初は冗談かと思った。まだ小さい娘がひとり、こんなところに閉じ込められているのだから。お仕置きにしてはやりすぎで、とうとう主と一緒でまわりの人間も皆気が触れてしまったのかと。でもその理由も直ぐに分かることになった……」



「彼女は毎日同じ時にここへ連れて来られた。やがて頻繁にやって来ては、いる時間も長くなっていった。多恵が運んできた食事を座敷牢の中で食べることもあり、まだ小さいからよく粗相をしては泣いていた。ヒナ子様を毎回ここへ連れてくる多恵の言葉を聞く限りでは、ヒナ子様にはオレたちのようなあやかしや物の怪といったものが視えていることがわかりました。どうしてそんな理由でと思いましたが、人間にとっては類い稀なのだと、この時のオレは知りました」



「ヒナ子様はよく手鞠をついて遊んでおられた。まさかあの手鞠が、あなたが差し上げたものとは存じませんでしたが……」

 兼光さんは琥珀さんを一瞥して続ける。



「そして特にあの二つの人形を使って遊ぶのが大変お好きでした。その人形たちをヒナ子様は大層気に入って大事にしておられた。見ていて懐かしかった。オレにもそんな時期があったのだろうと思い返そうとしましたが、虚しくなるだけでした。その人形たちは月日が浅くまだ魂は宿っておりませんでした。ちょうどその時オレは、また誰かに愛でて欲しかったのです。刀としてでなくてもいい。ただ主に必要とされたかった……」

 話を終えた兼光さんは最後目を伏せた。



「刀では叶わぬ想いを、あの人形に乗り移ることで果たそうとしたんだな?」

 そうせざる負えなかった兼光さんの想いを取り繕うように、琥珀さんは今一度確かめるように尋ねる。



「――オレを笑って下さい。オレは刀にも人形にもなりきれない、誰にも必要とされないただの物に過ぎないのです」

 本来の自分を取り戻せても、一度は自分を捨てたからにはやっぱり何者でもないと言う兼光さんに、琥珀さんは言い切る。



「それでもお前は名だたる名刀だ」



 その言葉に兼光さんはハッと大きく目を見開いた。

「オレは……備前、兼光……?」



「そうだ。お前は備前兼光。もう忘れるな? そして二度とその刀を手放すな」

 兼光さんはしっかりと刀を握って、小さく頷いた。兼光さんはこれで本当の意味で自分を取り戻すことが出来たんだ。私は心の底からホッとする。けれど、まだ重大な問題が残っていたことを私は思い出した。この温泉街だ。

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