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忘れられない、たった一つの願いごと  作者:
最終章:想いの果てに

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取り残された想いⅡ

 私が身構えている横で、兼光さんが突然崩れ落ちるように地面に両膝をついた。そして地面の一点を見つめながらブツブツと呟き出す。何を言っているのか聴き取れず、私は動きを止めて耳をそばたてた。



「……ではオレのしたことは一体何だったのでしょう……? 貞治も多恵も、あの狐でさえも、皆ヒナ子様を想ってしたことだったというのに、オレのしたことといえば……ははっ」

 兼光さんは突然せせら笑う。



 尋常じゃない雰囲気を感じ取った私は兼光さんの方を見ながら少し下がって距離を取ると、「兼光さん?」と恐る恐る呼んでみた。けれど私の声なんかまるで聞こえていないみたいだった。すると兼光さんは誰に語るでもなく独り言を言って続けた。



「ははっそれがどうした? 宿に火をつけたのはあの狐がやったものだと思い込んでただ奴を恨み、皆を騙し……結局はオレもあの女将と同じではないか……いや、人ではないただの物の怪のオレなど、それ以下だ……」

 堅実かつ誠実な塊の兼光さんは、狂ったような笑みを浮かべていた。



「そんなことない……兼光さんだってばあちゃんを守ろうとして……」



「えぇい! うるさい黙れ!」

 突然唸るような声で遮られて、私は驚いて一歩後ずさる。



 このまま錯乱してしまうのかと思いきや、今度は悄然としながら自問自答を繰り返す。

「オレは守り神であるあの人形……いや違う。オレは備前兼光なのか……? 違う、違う。違う! オレは何者だ……オレはもう――……何者でもないっ」

 そう言って兼光さんは両手で頭を抱えながら項垂れる。科まるで何かに憑りつかれたみたいだった。



 視線を戻せば今も血まみれの女将(おんな)が体を引きずるように一歩、また一歩とこちらに向かって近付いていた。得体が知れないだけあって全く動きが読めない。いつ飛び掛かかられてもおかしくなかった。



 もしかしたら兼光さんは女将(あの人)が持つ強い怨念に影響されているのかも知れない。そんな兼光さんを置いて私一人で逃げるわけにはいかないっ……!



「しっかりして、兼光さん!」

 心ここにあらずといった様子の兼光さんに声を掛ける。でも私の声なんか全く届いていない。



 私一人ではどうすることも出来ない。兼光さんが頼りな今は一刻も早く正気に戻ってもらう必要があった。私は一か八かで兼光さんの腕を掴んで思い切り揺さぶった。



 するとふと気配を感じて横を見ると、女がすぐ目の前まで来ていて、私は「ひゃっ」と小さく叫んで後ろにのけ反った。その拍子に掴んでいた兼光さんの腕を離してしまう。



 女将がすっと私を覗き込むように顔を近付けてきた。私は当然それに息を飲む。

 顔の皮膚は一面火傷でただれていて、まるで髑髏(どくろ)に薄い皮と長い髪が貼り付いてるだけの不気味な顔だ。私は目の前の恐怖と血生臭い匂いに絡め取られ、動きを封じられた。



 骨に僅かに貼り付いた薄皮は今にも剥がれ落ちそうで、そこに人の持つ表情も生気すら感じられない。凹んだ目元の中には目玉はなく、二つの真っ暗な穴に見つめられ、私は金縛りにあったみたいに体が硬直して、その場から一歩も動けなくなった。



 するとその時、突然何処からともなく誰かの声がした。



 〈しっかりしろ! カネミツ!〉

 その声に私はハッとする。

 琥珀さん?


 兼光さんにもその声が聞こえたのか、僅かに顔を上げていた。けれどその目は取り乱したように血走っている。



〈思い出すんだ! お前があの人形ではないことを!〉

 私にだけ聞こえてるんじゃない。辺りに響き渡るような声だった。



〈自分が何ものなのかを思い出せ!〉

 その言葉に兼光さんは「なに?」と微かな反応を見せた。



〈写しであろうと関係ない! お前は一度はあの子の守り刀になろうとしたんだろう? その想いを思い出せっ。本当のお前は――〉

 叱咤の声が降り注ぐその時――



 頭上に黒く光る一本の刀が現れた。それを見た瞬間私は「あっ」となる。

 その刀は間違いなく琥珀さんの家に飾られていた刀と同じものだった。あの時は鞘が抜けないように、下緒さげおが持ち手部分をきつく巻いていたけれど、今はそれが解かれて、いつでも鞘から抜ける状態になっている。



 あの人形ではないということは、つまり兼光さんはばあちゃんが持っていた人形の付喪神ではないということ……?

 だとしたら、やっぱり兼光さんの正体は――



 兼光さんと真実を見ようと鏡台の前に立った時、頭の中に響いた琥珀さんの言葉が蘇る。

『兼光の真の姿を明らかにするんだ』

 あの言葉の意味を、私は今ようやく理解した。



〈その刀でもって自らの歪んだ想いを断ち切れ! そして本来の自分を取り戻すんだ! もしその刀が本当にお前なら、必ずその鞘は抜けるはずっ〉



 黒い刀はゆっくりと兼光さんの前へと落ちていく。兼光さんは禍々しい空間を見据えながら落ちてきた刀を片手に取った。



 次の瞬間――

 まわりの全てが静止したように感じて直ぐのことだった。



 兼光さんが柄をしっかりと握って鞘から刃を僅かに抜いた。すると銀色に光る刃が現れる。



 鞘から刃長の全て抜き出すと、鋭利な音が静寂を切り裂く。



 そして今正に襲い掛かろうと迫っていた真っ赤に染まった髑髏の女に向かって、目にも止まらぬ速さで逆袈裟に一文字でなぎ払った。



 同時に泣き叫ぶ悲鳴と共に、髑髏の女は黒い霧と化してふっと目の前で消滅した。



 一瞬の出来事だった――

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