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忘れられない、たった一つの願いごと  作者:
最終章:想いの果てに

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48/66

女の子と狐Ⅰ

 暗い夜から一変して、日が傾きかけたまだ明るい場所へと移り変わった。



 木に囲まれた林の中にいて、そこに子供たちの歌声が響きわたっていた。



『かーごめー かーごーめー かーごのなーかのとーりーいはー』

 両手で顔を覆ってしゃがむ女の子のまわりを、顔を夕日色に染めた子供達が歌いながらまわっている。



 はじめて私が鏡台の鏡で見た様子と同じだ。あの時私は、自分の過去だと思って勘違いした。これは自分じゃなくてばあちゃんの記憶だ。分かっていてもやっぱり見ていて辛くなる。



『うしろのしょーめんだぁーれっ』

 歌声が止まり、まわっていた子供たちが一斉にその場にしゃがみ込む。



『えっとねー。ユキちゃん!』

 ばあちゃんが後ろを振り返って言うと、当てられた牡丹ちゃんが嬉しそうに笑みを零した。でもその直後、ぎこちない笑みへと変わる。



 兼光さんはその様子を静かに見守っていた。牡丹ちゃんとばあちゃんが持つ共通の記憶。自分以外の思い出を見るのは初めてだったのか、兼光さんは少し動揺した様子で見つめていた。

 視界が揺らめいて霞み、また場面は変わる。



 突然こっちに向かって小石が飛んできた。

『やーい! 化け物!』

 見ると五、六人の男子たちが立っていた。中に女子も混ざっている。



 私は怖くなって、繋いでいた兼光さんの手を思わず強く握った。あの子たちに、私の姿は見えていないはず。それなのに、まるで自分が言われているみたいで昔を思い出した。兼光さんは震える私の手を優しく握り返してくれる。



 少し目線を下げると、緋色の着物を着た女の子が私たちに背を向けて佇んでいた。ばあちゃんだ。と直ぐに私は分かる。



『俺の父ちゃんが言ってたぞ? お前、化け物が見えるんだってな?』

『化け物が見えるお前も化け物だ!』

『化け物は人間の世界から出ていけっ、俺たちの前に出てくるなっ』

『そうだそうだ! 出ていけ!』

 心ない言葉が畳みかける。ばあちゃんは一歩後ずさりするも、そのあとそのまま動かなくなった。



 するとばあちゃんと子供たちの間にスッと割って入るように現れた者がいた。その人は、何も言わずただ背中を向けて、ばあちゃんの前に立った。軽く振り返って見えたその顔には狐のお面が付いている。ひょろっとした体格と、白い着物に黒いたっつけ袴。私が見た今の姿とちっとも変わっていない。



 急に私と繋いでいた兼光さんの手に力がこもった。兼光さんを見ると、怒りと悲しみを交えた何とも云えない表情で、琥珀さんのことを冷ややかな目で見つめていた。やり場のない憤りを、自分の中に抑え込んでいるようだ。



『誰だお前! そこをどけ!』

 言われても琥珀さんは動かない。



『お面なんか付けやがって気味が悪いっ。邪魔をするならお前も化け物だっ、やっちまえ!』

 先頭に立っていた男子が声を上げて、自分の足下にあった石を拾いあげると、それを琥珀さんとばあちゃん目がけて投げつけた。それが合図だったかのように、まわりにいた子供たちも続いて石を投げつけていく。



 琥珀さんはやり返すことなくばあちゃんに石が当たらないように立ち塞がるだけで、微動だにしなかった。



 琥珀さんならこんな子達一瞬でどうにでもできちゃう筈なのに。それでも、はじめから心に決めたように琥珀さんは動かない。



 子供たちは石を投げるだけ投げて気が済んだのか、興が冷めたように去っていった。



『えーんっ』

 虐めていた子供たちの姿が見えなくなると、突然ばあちゃんが泣きだした。

『何で君が泣くかな?』

 泣き声に驚いた琥珀さんはばあちゃんを振り返る。

『どう見たって僕の方が痛いはずなんだが……? はぁ……僕が君を慰めなくちゃならないのかい?』

 やれやれと溜息をつきつつも、ばあちゃんの頭を優しく撫でる。



『君、白虎宿家のところにいる娘だな?』

 ばあちゃんは涙を流しながら鼻をすすって頷くと、琥珀さんの胸あたりを見つめた。



『ん? どうした? 何か付いてるかい?』



『痛い?』とばあちゃんは琥珀さんの胸に手を当てた。



『ははっ、僕は大事ない。分かっているんだろう? あの子たちの言っていた通り僕は化け物だ。でも……』と一度区切って屈み込むと、ばあちゃんと目線を合わせて言った。



『君は違う。ほら見ろ、自分の方が怪我をしてるじゃないか。化け物ならあの程度じゃこんな怪我はしないよ』

 さっきの子供たちが投げた石があたってしまったようで、ばあちゃんの手や腕に擦り傷がついていた。



『僕のところに傷口によく効く薬草がある。ついておいで?』

 そのやり取りに、私は既視感を覚える。洞窟の泉で怪我をした私を、琥珀さんが自分の家に連れていって手当てをしてくれた時のことを思い出した。



 また視界が揺らめいて、場面が移り変わった。



『あの子たちは何だって君を目の敵にする?』

 傷口に薬を塗りながら琥珀さんはばあちゃんに尋ねた。ここは琥珀さんの家……。私も行ったから知ってる。ばあちゃんは家の戸口の前に掛かった木の階段に座らされていた。



『ヒナにみんなには視えないものが視えるから。だからヒナは化け物だって……』



『何でそれが石を投げつけられる理由になる?』



『そんなの知らない』

 ばあちゃんは口を尖らせて言った。



『宿の者に言ってどうにかしてもらえばいい』



『言っても無駄だよ。それに宿には帰りたくない……』



『なんでだい?』

 狐のお面がクイッと上を向く。



『――父さんもみんな忙しいし、帰っても誰も相手してくれないからつまんない。それに……宿に上客とか羽振りのいい客が来ると、いつも座敷牢に入れられるから。ヒナ、あそこは嫌い……』

 ばあちゃんの顔が曇って俯いた。



『なんだって?』

 お面で表情は見えないけど、琥珀さんはすごく驚いた様子だった。



 するとまた視界が歪んだ。



『この間の礼だったら気にしなくていいよ』

 琥珀さんが声を掛けた先に視線を向けると、幼いばあちゃんが、神社やお寺の境内で見るような大きな竹ボウキを使って地面に散らばる落ち葉をせっせとかき集めていた。



 ばあちゃんの頭の上には、幹が太く、辺りを覆いつくすほどの立派な木がそびえ立っている。



 この木……琥珀さんの家の裏にあった木だ。



 いつ見ても心が奪われてしまいそうになるその大きな木の枝からは、枯れ葉が力尽きたように離れてはハラハラと舞い落ちていた。



 奥には、屋敷神と琥珀さんが呼んでいた祠が見える。落葉は祠の屋根に落ち、屋根に乗り損ねた葉は地面で折り重なっている。



 自分より背丈のある竹ボウキで一所懸命に落ち葉を集めるばあちゃんは、さっきから見ていてとても掃きずらそうで不憫だ。そう思って見ていたのは、私だけではなかった。



『ははっ、これだとどちらが掃かれているのか分からないな?』

 琥珀さんはお面の裏でクスリと笑って、

『落ち葉なんてそのうち風が何処かへ運んでしまう。やるだけ無駄だよ』と投げやりに言った。



 仮にも祠を守る代わりにここに住まわせてもらっている身であるというのに、その言い草はないんじゃないかと思いながら木を見上げると、枝は既に新緑のような瑞々しい葉を付けていた。まるでここは季節という概念がないみたい。

 落ちていった葉はきっと何かの役目を終えたんだ。そう思ったら、葉一枚一枚が尊いように感じた。



『それじゃあ他に何かない? ヒナが出来そうなこと』



『そんなに何かしたいのかい? じゃあ、薬草を見つけて採ってきてもらえるかい?』



『やくそう? 何を探せばいいの?』



『そうだなぁ。センブリでも採ってきてもらおうか。もうすぐ切らしそうなんだ』 



『センブリ? どんなもの?』



『五枚の先が尖った白い花弁で出来ている花だ。そこに紫色の線が筋のように入っている。どうだい? 見つけられそうかい? 運が良ければ茂みに入った直ぐのところで見つかるよ』

 琥珀さんは愉快そうに言う。



『うん、わかった!』

 ばあちゃんは嬉々としてホウキを家の壁に立てかけると、林の茂みに入っていった。



 しばらくしてばあちゃんが林の中から出て来た。顔や着物は土で黒く汚れている。使い慣れないホウキで一生懸命落ち葉を集めていたばあちゃんだ。夢中になって採る様子が容易に想像できた。



 ばあちゃんはそのまま琥珀さんの元に駈け寄り、『これでいい?』と両手に持った白い花のついた植物を上げて見せる。



『うん、これは間違いなくセンブリだよ。上出来だ。よく採れたじゃないか』

 採ってきた薬草を確認してばあちゃんを褒めてやりながら、頰に付いた汚れを親指でなぞるように取ってやっていた。



 すると今度は『よしっ礼にいいものを作ってやる』と琥珀さんはやる気を見せて言う。



『いいもの?』

 ばあちゃんは丸い目を瞬いて首を捻った。



 後ろの方から話し声が聞こえた。振り向くと、これもまた見覚えのある部屋の中に、琥珀さんとばあちゃんの姿があった。



『ほら、飲みな? これは薬草を採ってきてくれた礼だ』

 琥珀さんは囲炉裏の側で正座していたばあちゃんの前に来て片膝をつくと、湯呑み茶碗を差さし出した。

 いつの間にか私と兼光さんは入口の戸を跨いですぐの土間に立っていて、二人の様子を見ていた。

 


『これはなに?』

 ばあちゃんは受け取ると、まるで毒でも入っているんじゃないかと疑うように、そろりと茶碗を上から覗く。



『煎じ薬だ。さっき採ってきてもらったのではないがセンブリも入ってるよ』

 琥珀さんはそう教えながら、その場にドサッと胡座をかいた。



『くすり? もしかしていいものってこれのこと? でも手の傷はもう治ったよ?』



『これは傷を治す薬じゃない。見えない場所を治す薬だ』

 そう言って、琥珀さんはお腹に手を当てて見せる。



 ばあちゃんは湯呑み茶碗を両手で包み込むように持つと、躊躇いながらも一口含んだ。途端に、『にがーい』と言って、ばあちゃんは舌を出して一瞬にして顔を歪ませた。



 私は見ているだけで口の中に唾液が込み上げてきてはじいちゃんの墨玉を思い出した。



『センブリはどこを取って煎じても苦いからな。それでも飲んだ方がいい。腹が痛むんだろう?』



『なんでヒナがお腹が痛いってわかったの?』



『さあどうしてかな?』と胸の前で腕組みして質問をかわすと、

『さっ残さず飲めよ? この僕が煎じたんだ。これほど効く良い薬はない』と全部飲むように促した。



 ばあちゃんが鼻をつまみながら一気に全部飲み干すと、琥珀さんは今度は和菓子が乗った小さな四角い和紙を、正座するばあちゃんの膝の前に置いた。



 和紙の上には黄金色した満月のような饅頭がひとつ乗せられていた。その饅頭に私は「あっ」となる。狐のお寺でお茶請けに出された饅頭と同じだった。

 饅頭を見た途端、ばあちゃんは満面の笑みを浮かべた。



『わぁ、おまんじゅう!』

 ばあちゃんは慌てるように懐紙ごと手に取ると、片手で饅頭だけを摘まんで、パクッと一口頬張った。

『おいしい』と言って頰に手を当てる。



『それは良かった』

 お面のせいで感情すら掴めないけど、その声だけで、琥珀さんの表情が穏やかなのが想像出来た。



『ありがとう。じゃあ次はヒナがお礼する。そうだ、障子の破れたところ直してあげる。前に仲居の姉さんが客間の障子を貼り替えてるところ、見てたんだ』



『……ふむ……気持ちは嬉しいけど、礼に礼とは切りが無い。それに……』と琥珀さんはもったいをつけて一度言葉を切ると、『子供がそんな気を使う必要はない』とばあちゃんの頭を優しく撫でた。



『でも、あれじゃみっともないよ?』とばあちゃんは振り返る。ばあちゃんの視線の先には、既につぎはぎだらけの障子が見え、そこに更に数箇所破けている。



『ふむ……そうだな? せっかくだから頼もうかな? そういえば最近、隙間風の音で眠れなくて困っていたところだった』



『うん!』

 ばあちゃんは満面の笑みで頷いた。



 隣にいた兼光さんを見ると、黙って二人の様子を見つめていた。ばあちゃんの笑った顔を見て口元がほんの一瞬緩みかけたように見えたけど、直ぐにまた冷たい表情へと変わる。

 琥珀さんにばあちゃんはすっかり懐いていて、しかも目の前で二人がとても楽しげにしているのを見て、複雑な気持ちでいるのかもしれない。



 私はというと、なんだか自分が知っている琥珀さんと少し違う気がした。調子のいいことや、やる気のないことを言って相手の調子を狂わすところは相変わらずで、お面で表情が見えないのもそうだけど……。だけど、私に向ける優しさとは違う優しさ。



 この時ばあちゃんがまだ小さいからかもしれない。それでも、この時の琥珀さんは、ばあちゃんのことをとても愛おしそうにあやしているのが見ていて分かる。



 何だろうこの気持ち……。胸の奥に、指でなぞられたようなザラッとした嫌な感覚を残した。

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