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忘れられない、たった一つの願いごと  作者:
最終章:想いの果てに

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真実を映す鏡

 私と兼光さんは屋根裏部屋をあとにし階段を下りた。扉を開けて暗い廊下に出ると、兼光さんは持っていた行灯に火を灯した。暗がりが薄っすらと照らされる。



 後ろで扉が閉まる音がして、振り返ると階段の入り口がみるみる暗闇に溶け込むようにして消えていくところだった。

「ここはオレだけが知っていればいいのです」

 兼光さんは静かに言った。扉は完全に消えてただの壁に戻る。

 だから牡丹ちゃんも誰もこの部屋のことを知らなかったんだ……。



 私は兼光さんと自分が泊まっている(かつてばあちゃんが使っていた)部屋に向かった。



 部屋に入ると、月明かりもないのに鏡台がひとりでに光っていた。まるで水面に映った月影のようにゆらゆらと漂いながら怪しげに光っている。私は迷わず鏡台の前に行って立つと、兼光さんもやや遅れて私の隣に並んだ。



「ここに来てどうするのですか? 今更過去を知ったからといって、何も変わらないのですよ?」

 怪訝そうに口を開いた兼光さんに私は言った。



「変えるんじゃない。変わるんです……」



「変わる……?」

 兼光さんは益々分からないというように私を見た。

 過去は変えられない。でも、ここに残された者たちの声を聞くことは出来る。知ることで変われる。私も前に進まないと……そういう気持ちに今ならなれる。



 困惑した表情を浮かべる兼光さんの前に、今度は私が手を差し出した。兼光さんは私の手を取ろうと伸ばすけど、途中で何か察したようにその手を止めた。



「行こう」

 私は更に手を前に出して促した。するとようやく兼光さんの手がゆっくりと私の方へ伸ばされる。私はその絹のような白い手を取って鏡台へ体を向き直すと、鏡に向かって訴えかけた。



「お願い。教えて。ここはどうして燃えてしまったのか。本当は何があったのか、私は知りたい」

 知らなきゃならない。私がやらないと、誰かの想いは彷徨い続けて、ここはこの先もずっと暗闇に包まれたままだ。



 日が落ちると街を包み込む優しい光も、そこに佇む連なる宿も、静かに流れる川のせせらぎも、二度と訪れない。



 するとたちまち、鏡の表面が光で溢れ出した。隣を見上げて見える兼光さんの表情は、全てを知るのが恐いのか強張っていた。私も恐い。でも……



「見せてもらおう? 大丈夫。怖くない。私が一緒に最後まで見届けるから」

 私は兼光さんの手を強く握った。どんなことがあっても、何を見てもこの手は離さないという思いで。ひんやりとした手が、私の手を軽く握り返してくれたのを機に、光が鏡の外へと溢れ出た。



 今までは鏡に映し出されたものをただ見ていただけだったけど、今回は明らかに様子が違う。

 私と兼光さんは光の中へと吸い込まれていった――





 満ちた月がくっきりと夜空に浮かんでいた。すると突然銃声が辺りに鳴り響いた。



 次の瞬間、私たちの前を白いものが猛スピードで通り過ぎていく。あまりの速さにそれが何だったのかは分からない。視界に捉えるのがやっとなほどの速さだった。



 遅れて同じ方向から足音が聞こえ、誰かがこちらにやって来た。見ると、黒くて細長い銃を手にした男と、提灯を提げた男の姿があった。二人とも着物の上にお揃いの紺地の羽織を着ている。



『当たったか?』銃を持った男が声を潜めて言った。

『分からないです』

 側にいた男が提灯を上げながら目を眇めて遠くを見やる。



『あっいました! 山へ入っていきますっ、追いましょうっ』

 提灯を提げた男が駆け出そうとした。でも直ぐに銃を持った男が「待てっ」と行こうとする男を制する。声からして、銃を持った男の方が年配で、提灯を提げてる男の方が若い感じがした。



『深追いするな。もしアレがただの白狐じゃなく物の怪だとしたら、山に入れば向こうの思うつぼだ。奴らは人間に幻術をかける。それも一度かかると何日も夢の中を彷徨うか、そのまま目を覚まさないこともあるらしい』

 銃の男が脅かすように言う。けどその顔はふざけているようには見えなかった。



『まさか……しょせん誰かが言った戯言に過ぎないですよ』

 提灯を提げた男は一笑に付した。



『しかし火のない所に煙は立たないというからな。どちらにせよ、こっちからわざわざ出向かずともまたひょっこり向こうから現れてくれるさ』

 銃を持った男がそう言いながら引き返すと、もう一人も銃の男の後を追って二人は行ってしまった。

 二人が去って行くのを見届けると、兼光さんは口を開いた。



「この頃はまだ、物の怪と人間が共存している時代でした。共存、といっても互いが見て見ぬふりをするだけで、人間側も特段悪さをしてこなければ気にしない程度の存在だったのです」

 この頃――。九十九温泉街がまだ出来るずっと前の話を兼光さんはしてくれた。



 今では全く考えられない話。この頃、妖が視えることはごく普通のことだったんだ。でも蛇女のオキョウさんがまだ人だった時のことを思えば不思議じゃない。彼女も泉の神に身を捧げたから今の姿がある。



「休み処や湯治を求めてこの場所に多くの旅人が訪れるようになると、次第に旅籠屋や問屋が次々に建ち並ぶようになりました。それらが宿屋の繁栄に繋がり、そうして出来たのがこの九十九温泉街でした」



「人間たちが山を切り開いて住み着くようになってから、徐々に妖たち(彼ら)は人の前から姿を消しはじめました。人間側もまた彼らを目にすることがなくなって、存在すら忘れていったのです」



 私は自分のことに置き換えてみた。誰も視ることがないモノを、私には視えていた。それがずっと疎ましかった。何で自分だけ。みんなと同じように視えなければ、こんな思いしなくて済んだのに。隠れることもなく、みんなの輪に入って、笑って、それで……。

 そんな私をよそに兼光さんは続ける。



「あの山には昔からたくさんの洞窟が存在しておりました。山のふもとで人々が賑わうようになると、いつしか山の洞窟が妖たちの住家となっていったのです。そして人間たちの方も次第に山に寄り付かなくなりました。しかしそれでうまく釣り合いが取れていたのでもありました」



 確かにあの山には恐ろしいものが潜んでいる。私はこの間ある洞窟に引きずり込まれた。そこは全身が震えるほど冷たくて、暗闇の中で耳を塞ぎたくなるような沢山の声が響くのを聞いた。



 あれは心を写す洞窟だと、あの洞窟のから助け出してくれた琥珀さんが教えてくれた。洞窟の前を通る弱い心を見つけては、闇へと引きずり込むんだと。

 私はあの洞窟の中で、誰にも知られたくない心を覗かれたような不快な思いをした。でももしかしたら、あれが彼らの対話のやり方で、そうする術しか知らないだけだったのかもしれない。兼光さんの話を聞いていて私は思った。



「しかしある日、山に大崩落が起こりました」



「大崩落?」



「山は崩れ落ち、人間たちがいる温泉街をも飲み込んだのです。そして山にある数々の洞窟の入口は塞がってしまいました。温泉街は人の手によってすぐに再建されましたが、それを機に山はもう必要ないと人間たちは見向きもしなくなったのです。そうして二つは完全に隔たれることとなったのでございます」



 私の村と似ている。戦に負けて流れ着いた武士たちが山を切り開いて出来たといわれているから。私は何だか、心を写すというあの洞窟にいた妖たちが可哀想に思えた。

 結局は見捨てたり奪ったりするのは、いつだって欲にまみれた人間の方なんだ――

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