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忘れられない、たった一つの願いごと  作者:
最終章:想いの果てに

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後悔と怨み

 白い霧が視界を覆ったかと思いきや、また暗闇に包まれた。ふいにロウソクの火が灯り、明かりが揺れ広がる。気付いたら私と兼光さんと一緒にまた座敷牢がある部屋に戻っていた。けれどもう、小さい頃のばあちゃんの姿はない。



「でもどうして?」

 私は早々に問わずにはいられなくて思わず口にした。私の問いに、兼光さんは静かに答えてくれた。



「――あの妖狐もまた、ヒナ子様を忘れられなかったのです」



「え……?」



「皆から隠れ、蔑まれ、ひとり悲しまれているヒナ子様が、これ以上苦しまないようにとこの宿に火をつけた。しかし宿屋が連なるこの温泉街。たちまち火は広まり、あっという間に辺りは焼け野原と化してしまったのです。ヒナ子様を逃がすことが目的だったのか、己の感情に任せてだったのか、今となっては分かりませんが……。いえ、もしかしたらこの宿だけではなく、温泉街もろとも火の海にするつもりでいたのやもしれません」



「そんな……まさか」

 そんなはずはないと私は緩く首を振った。

「例えばあちゃんを助けるためだっていっても……どうしてそれが兼光さんに分かったんですか?」

 仮にあの人が琥珀さんで、火をつけたとして、どうしてその理由までもが兼光さんには分かるんだろうと思った。



「オレは見たのです」

 兼光さんは確信したように言った。



「みた……?」

 私は首を捻る。



「鏡の中で……」



「かがみ……? もしかして、私が今使ってる部屋の鏡台ですか?」

 私は直ぐさま訊ねた。



「あの部屋は、かつてヒナ子様が使われていたお部屋でした。あの鏡台も、恐らくはそれ以前から既にあったものなのでしょう」

 あの鏡台についてはよく知らないような言い方をした。理由は単純だ。ばあちゃんと出会ったのはこの座敷牢であって、あの部屋ではないから。



 でも私が使ってる部屋は、やっぱりばあちゃんが使っていた部屋だったんだ。薄々感じていたことではあったけど、兼光さんの口から聞いて改めて私は腑に落ちる。そして兼光さんも私と同じ、あの鏡でばあちゃんの記憶を見たんだ。



「オレが見たのは恐らく、まだヒナ子様がこの座敷牢に閉じ込められる前。幼いヒナ子様の傍らには、面を付けた男が立っていました……その面は、あの日オレが炎の中で見た狐の面と同じだったのです……あの男は私利私欲のためだったら過ちも省みない、怖ろしい狐の化け物なのです」



 ばあちゃんも昔、琥珀さんと会っていたんだ。だから、さっきばあちゃんが座敷牢の中でついて遊んでいた手鞠が、琥珀さんの家にも置いてあった――



 琥珀さんから思えばばあちゃんの話は聞いたことがなかった。でも私をこの温泉街に導いたのは琥珀さんだ。私がばあちゃんの孫であることは当然言わなくても知っていた筈だ。



 兼光さんの言うことも合わさって、少しずつ自分の中で信憑性が高まっていく。そうなんじゃないかと思ってしまう。琥珀さんはばあちゃんがいないこの世界をもう一度作って、一体何をしようとしていたんだろう。



「そして妖狐(あの男)はあの時と同じ面を付けた姿で今度はあなたの前に……」

 兼光さんが苦々しい口調で言ったのを聞いて、私はドキッとした。黙って宿を出て山に入ったことが思い出される。兼光さんは本当は知っていた……? 空気が淀んだように、ずしりと重くなった感じがした。



「あの道の先にある怖ろしさはお伝えした筈なのに、それでもあなたは行ってしまわれた……」

 


 兼光さんの言葉に、私は何も言えなくなる。



「しかし思えばヒナ子様もあなたと同じでありました。人には視えないものを視、その上好奇心が旺盛なお方だった。ただの物でしかないオレは、そんなヒナ子様をただ見ていることしか出来なかったのです。それ故あなたのことも……結局オレはまた得意の偽りの笑顔でもって、あなたをお迎えするだけでした……」

 兼光さんは少し間を置いて続ける。



「オレはあなたにヒナ子様の面影を感じておりました。しかしあなたはヒナ子様ではない。この部屋を訪れては、ずっとその狭間で苦しんでいました」



 牡丹ちゃんが言っていた。兼光さんはいつも暁時に姿を消す。何故なら秘密の部屋へ行くから。それはばあちゃんと出会い、付喪神となった座敷牢があるこの部屋で間違いない。



「そしてあの日、あなたは戻ってこなかった」



「それは……」

 私は言いかけて言葉が詰まった。兼光さんがこの部屋に居る間、私は何処へ行こうと気付かれないと牡丹ちゃんは教えてくれた。それをいいことにまた黙って出ていったことに、私は今でも後ろめたさを残していた。



「オレは怖くなりました。また同じことが繰り返されるのではないかと……またオレを残していくのではないかと……」



 けどそうじゃなかった――。牡丹ちゃんが私に嘘を言ったわけじゃない。牡丹ちゃんはただ本当に知らなかっただけ。

 顔をしかめながら兼光さんは続ける。



「オレは最初から知っておりました。あなたが捜している者が、あの妖狐であることを」



 だからいつも私をはぐらかして、私が琥珀さんに辿り着かないよう必要以上に世話を焼いていたんだ。



「確かにオレはいつもここに来て思い出に浸っておりました。あの忌まわしい日を思い返し、そしてあの時の想いを忘れないために……」



 兼光さんは全部気付いていたんだ。気付いていてあえて知らない振りをしていた――



「オレは他とは違う。例えこの偽装の世界であっても、未練を忘れたりはしない。あの妖狐の企みに騙されることは決してないのです」

 前に、雨が降ってきて、兼光さんが傘を持って私を迎えに来てくれた時に言っていた言葉を思い出した。



『この世ははかりごとばかりでございます』

 はかりごと――。それは幻想で出来た煌びやかな温泉街のことを指して言っていたんだろうと今なら思う。兼光さんはずっとずっと後悔してるんだ。そして、大切なものを奪われたことを、心の底から今でも怨んでいる……。

 兼光さんは一瞬たりともそれを忘れてはいなかった。



「しかしオレもただ想いに耽っていたわけではありません。あの狐が僅かにでも力を弱めるのをずっと見計らっておりました……そんな中あなたは再びあの山へ……。あの狐はヒナ子様だけでなくあなたまでをもオレから奪おうとするのかと打ちひしがれました……」

 兼光さんは苦悶の表情を浮かべた。けれど急にフッと表情を和らげて続ける。



「でももういいのです。オレは気付いたのですから」 

 まるでどこか吹っ切れたような、やっと長い長い苦しみから解放されたような、そんな表情だった。



「気付いた……? って何をですか?」

 私はいつ豹変してもおかしくないような兼光さんに恐る恐る訊ねる。



「あの狐がいる世界を断ち切って、あなたをここに永遠に留めておく。オレはそう心に決めたのでございます。それはあなたがここに来ると知ってからの、兼ねてからのオレの願いでもありました」

 怒りの矛先が、兼光さんの根深い想いが、何となくあらぬ方へ向かってるような気がした。



 牡丹ちゃんの心配していたことは当たっていた。兼光さんが私を自分の主にしようとしていること。でも今はそんなことよりも、何か良くないことがこれから起ころうとしているような予感がしてならない。



「あの日に戻れないのであれば、いっそ全てなかったことにしてしまえばよいのです。封印を解いて、妖狐のまやかしなど全て消し去ってしまえばいい。さすれば、オレの想いだけが残る。あなたはオレしか視えなくなる」

 兼光さんが温泉街を案内してくれた夜、先が見えない暗い山道に向かって言った言葉が連想された。



『そもそも目にしなければいい。そうすれば初めから無かったも同然』



 兼光さんはそう冷たく言い放った。きっとあの時から既に、このことを心に刻んでいたのかもしれない。



「封印を解くって、兼光さん……何かしたんですか?」



「オレはあの山に足を踏み入れることは出来ません。この温泉街から出ることも……ですから、山の中に張り巡らされた結界に近付くことも出来なかった。しかしある日、その一つが紐解かれるのをこの身が感じたのです。時は満ち、ようやくオレの想いが届いたのです。あの男が張った結界が、今も一つずつ解かれようとしている。それはもう、誰にも止められない。今力が弱まっている妖狐ですらも」


 

「結界が完全に崩れたら、どうなっちゃうんですか? この温泉街は?」



「ここはじき焼け落ちた元の姿に戻るでしょう。あなたが先程見た荒れ果てた姿に……」



「そんな……それが兼光さんが望んだ世界なんですか?」

 そんなことしたら、牡丹ちゃんたちはどうなってしまうんだろう? この温泉街が偽物でも、みんなの存在はまやかしなんかじゃない。



 すると兼光さんは即座に言った。

「ここは他の者には必要のない場所」

 その言葉に私は「え?」と訝った。



「そんなことないっ。牡丹ちゃんは自分のせいでばあちゃんがいなくなったと思ってる。それを今でもずっと心に残してる」

 想いに小さいも大きいも関係ない。例え取るに足らないことだったとしても、その人にとってはそれが全てだから。村にいる時の自分がそうだから、痛切に感じることだった。

 


「――……もう遅いのです。オレにはもう、あのおとこ(妖狐)がつくった幻想など要らない。ヒナ子様との思い出と、今こうしてあなたさえ居てくれたら何も……」

 切れ長の目に捉えられた私は、兼光さんから目を逸らすことが出来なくなった。瞳の奥に潜んだ、冷たい光を見ているようで、そこに静かな狂気すら感じる。



 兼光さんの心は頑なだ。思い返した分、怨みは強く、負った傷も深い。私がこれ以上何を言っても兼光さんの耳にはもう届かないんだろう。



 でもどうしてだろう。私は兼光さんがただずっと復讐を目論んでいたようには思えなかった。確かに自分が依り代となる、大切な主人を突然奪われた悲しみは深いと思う。でもばあちゃんを失う意味では牡丹ちゃんにも同じようなことが云える。悲しみより怨みの方が勝っているとしても、何でここまでしてと思ってしまう。



 どうしたらいいんだろう……? 偽装の世界であっても、無くなってしまったら、ここを必要としているみんな、全部が消えてしまうかもしれない。



 それなら幻想でも、ここは焼け落ちる前の姿であるべきだと私は思う。かといって、兼光さんの深く傷ついた心残りを見過ごすこともできない。でも琥珀さんとの繋がりは途絶えた今、何の手立ても思い浮かばない。



 私に出来ることはもう何もないの……? 

 そう思った時だった――



 ……モモ――……


 

 また微かに声が聞こえた――!?

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