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忘れられない、たった一つの願いごと  作者:
最終章:想いの果てに

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焼け落ちた街

 付喪神は、長い年月を経て魂が宿ったもの。その時間は百年ともいわれている。

 あの人形は、ばあちゃんが生まれた時からはじまったとしてもそれには満たない。仮に百年経っていたとしても、ばあちゃんはほどなくしてこの宿を去っている。一緒に過ごした時間は短く、果たして思い募るほどのものなのだろうか……。

 考えていると、兼光さんが静かに口を開いた。



「ヒナ子様が健やかに過ごせるようにお護りすることがオレの役目でした。その役割を忘れてしまうほどに、ヒナ子様にはそれはそれは可愛がって頂いておりました。この座敷牢の中で……」



「そして、理不尽にもオレはずっとこの優しい時間が続くことを望んでいました。それなのに――」

 兼光さんは急に声を震わせて、表情を険しくした。いつも笑顔を絶やさない兼光さんからは想像できないような表情だった。



「――あの男が、オレからこの居場所とヒナ子様を奪ったのだ」

 そう言って唇を噛んだ。



「……あの男?」

 誰のことを言ってるんだろう? 考える間もなく、すっと自分の前に白い陶器のような手が差し伸べられた。



「……オレが本当のことを教えてさしあげます」

 本当のこと? 兼光さんから目をそらすことができずに、私は無意識に手を伸ばす。



 でも直前で差し出されたその手に触れていいのか躊躇った。そんな私に兼光さんは言う。

「大丈夫。いつぞやも、この手を取って一緒に歩いたでしょう?」



 温泉街を案内してくれた夜、私が躓かないようにと兼光さんが私の手を取り自分の腕に回させた。そして、月明りに照らされながら、“オレが守って差し上げます”と言って手を重ねてきた。あの時はここへ来たばかりで、すごく安心したのを覚えている。

 あの時と同じ……。

 私はその手を取ろうと再び手を伸ばす。

 すると、「もも……」と微かに呼ぶ声が聞こえた。



 トシ兄? そんなわけないと思って振り返りそうになったその時、自分の指先が兼光さんの手に触れた。



 ――刹那。

 ぐにゃりと目の前の景色が歪んだ。その瞬間、空気が一変する。


 

 気付いた時には、自分は座敷牢がある部屋ではない別の場所に立っていた。



 白い霧が薄らと視界を覆っていた。その中を、チラチラと雪が舞っている。

 ゆっくりと自分の上に落ちてくる雪を、手のひらの上に乗せてみる。雪は解けることなく、手のひらに残ったままだった。



 違う、雪じゃない。これは灰だ。白い灰がそこら中に舞っているんだ。私は宙に舞っている雪のような灰を見渡した。すると一瞬強い風が吹き込んできて、霧と灰が更に視界を覆いつくす。私は咄嗟に片手で両目を庇って瞼を閉じた。



 風は一度おさまり、閉じていた瞼をゆっくり開いていく。ぼんやりとした景色が目に映る。

 霧が薄れ、次第にぼやけていた視界がはっきりして、私は言葉を失った。



 目の前には焼け落ちた温泉街が広がっていた。

「これが、この九十九温泉街……?」



 焼け崩れた建物。残った柱もまた真っ黒に焦げている。そこに何が建っていたのかも思い出せないほどに。

 川のせせらぎは涸れたように消え、私の知ってる華やかな温泉街の姿はどこにもない。

 焦げた匂いが鼻を掠め、目に映る光景を生々しく感じさせた。



「――これが九十九温泉街の本当の姿であり、最後の姿。あの男は一度全てを奪い去り、自分の過ちを隠すために虚構の世界を作りあげたのです」


 

「虚構の世界? この焼けてしまった温泉街を隠すために?」

 誰が、誰がこんなことを……。



 すると今度は、立ち込める煙の中から薄っすらと人影が見えた。だんだんその輪郭と姿がはっきりしていくごとに私の目も開いていく。そして、目を瞠った。



 道の真ん中に真っ白な着物を着流した一人の男が佇んでいた。足には何も履いていない。着物から覗く手足の肌だけ見ても、まるで死人のように白い。そして、その男の顔には、白い狐のお面が付けられていた――



 過ちを隠すために虚構の世界を作りあげた男――。

 男が付けた狐のお面から、私は目を離すことが出来なかった。



「こんなものをつくり上げ、罪滅ぼしでもしたつもりか。あの男のやったことは許されるべきではない」

 兼光さんは佇む男に背を向けながら、呟くように言った。端整な顔が苦悶に歪むのが見えた。



「あそこに立ってる人は誰なんですか? あの人が火をつけたのは間違いないんですか?」

 自分は何も気付いていない体で訊ねた。まだ決めつけるには早い。兼光さんの思い違いかもしれない。

 何より信じたくない自分がいた。



「オレは見たのですっ」

 兼光さんは一際強い口調で言った。その声に私はビクッとして思わず体を引いた。



「ヒナ子様のお父上がヒナ子様を連れて逃げて行ったあと、残されたオレは、この宿が燃え尽きるのを見届けました。その最中、燃え盛る炎に浮かぶあの狐の顔を、オレは確かに見たのです……。火をつけたのはあの男……妖狐で間違いない。アレは人の振りして人を惑わせる、狐の化け物なのです」

 兼光さんは途中から我を忘れたようだった。



「ヨウコ……?」

 その言葉に私の脳は揺さぶられた。そしてとうとう、たった一人に行き着いてしまう。

 


 白い着物を着たあの男は、琥珀さん……?

 とても信じがたい。けど、この宿に最後まで残されることになった兼光さんが見たと言っている。



 何かの間違いであって欲しいと思った。着物姿には目新しさを感じたけど、あのお面は確かに琥珀さんが顔に付けていたものと同じものだ。私は何度あのお面の裏に隠れた素顔を覗こうとしたか分からない。



 でもあの琥珀さんが、闇雲に人間の住処に火を付けたりするだろうか? 確かに会う度いつもいい加減だけど、厳しく、時に優しく諭しながらも、人間である私を導いて助けてくれる彼が。



 琥珀さんは言っていた。

『偽造ともいえる空間の時間をちょっといじくるくらい造作はない』と。

 それはこの幻想の世界を作った自分だからこそ出来ると云っているようなもの。



 あれは琥珀さんなの……? まさかそんな、そんなことって――……。



 本当は心のどこかでずっと不思議に思っていた。九十九温泉街が幻想で出来た世界だってことを。私はその疑問に触れないようにしていた。何故か触れたらいけないような気がして……。



 結界を張って二つの世界を区切る理由は何なんだろう。彼は、そんなことまでして何を守っているんだろう。そう思ってた。



 でも私は知ってしまった。兼光さんを通して。

 彼が一度この温泉街を焼き尽くして、そして幻想の世界に作り変えたんだ――

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