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忘れられない、たった一つの願いごと  作者:
最終章:想いの果てに

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偽りの笑顔とその姿Ⅱ

〈はやくしなさい!〉

 突然部屋の中に強高い声が飛び込んできて、私はびっくりして声がした方へ振り返った。



 見ると見ず知らずの小綺麗な着物を着た三十代前後の女性が、部屋の入口に立っていた。表情は険しく見るからに厳しそうで、私は自分に言われてるものと思って思わず後ずさる。すると別の声が聞こえてきた。



〈いやだっ入りたくないっ!〉

 女性に片腕を持ち上げられながら、引きづられるようにして部屋に入ってきたのは、緋色の着物を着たまだ六、七歳くらいの女の子だった。その子が、小さい頃のばあちゃんであると私は直ぐに気付く。



 二人は私には見向きもせず目の前を通り過ぎていった。私の存在に気付いた様子はなく、私は今、過去を見せられているのだと理解する。



〈黙って言うことを聞くのですっ。でないと、ずっとここに居ることになりますよ?〉



〈お願いっ。何でもいうこと聞くからここには入れないで?……狭くて暗いし、嫌いなの……〉



〈入ってもらわないと困ります。いいですか? ヒナ子さんが今言うことを聞かなければならないことが、ここに入ることなのですよ?〉

 女の人の言葉は諭すような言い方だけど、聞いていてあまりに理不尽だと感じた。私は唖然としながら、目の前で繰り広げられるやり取りを見ていた。

 隣にいた兼光さんも、黙ってその様子を見守っている。

 


 抵抗は空しく、女性はまだ小さいばあちゃんを柵の中に放り投げるように入れてから扉を閉めると、南京錠をかけた。施錠する音が部屋の中に無情に響いた。



〈今日は上客がいらっしゃる日なんです。そこにあなたのような得体の知れない子供がいるなんて知れたりでもしてごらんなさいっ。この宿にどんな噂が立つかわかったもんじゃありませんっ! お願いですからしばらくここで大人しくしているんですよ!〉

 女性はそう強く言い放つと、階段を下りていってしまった。



 残されたばあちゃんは立ったまましくしくと泣いていた。その泣き声は私がここに来る時に聞いたものと同じだった。



 ばあちゃんはしばらくして、ふと気付いたように泣き止むと、柵の外に手を伸ばしはじめた。伸ばした小さな手の先には、赤い模様の手鞠が転がっていた。さっきここへ入れられるときに手から落としてしまったようだ。女の子は柵の間から一生懸命手を伸ばす。



 私は咄嗟に駈け寄って手鞠を拾ってあげようとするけど、指が手鞠を通り抜けて触れることができなかった。

 そうだ、自分は今、ばあちゃんの過去にいるんだった。と思い出す。



 ばあちゃんは何とか手鞠を取ると、座敷牢の中でついたり揚げたりして遊びだした。手鞠が弾む度にカラカラと音が鳴る。その音と、ばあちゃんが持って遊んでいた赤い手鞠に覚えがあった。琥珀さんの家で見た手毬と同じ模様。私が手に持とうとして自分の足に落としてしまったからよく覚えていた。



 ばあちゃんは手鞠に飽きると、今度は二体のお人形を使って遊びだした。私はばあちゃんが手にしているお人形を見て「あっ」となる。



 額の上で切り揃えられた前髪の下にある丸い瞳が見つめるのは二つの人形。その人形を使って、ばあちゃんは夢中になっておままごと遊びをしていた。片手には綺麗な着物を纏った女の人形。もう片方の手には狩衣を纏った男の人形がいる。



 女の方は私がよく知っている人形だった。今ではその顔に懐かしさを感じる。ばあちゃんが小さい時に親からもらったという人形だ。その人形はばあちゃんにとって依代でもある護り神。ばあちゃんの部屋には今でも女の人形だけが飾られていた。役目を終えたからか、いつもどこか寂しそうにして見えていたのが印象的だった。



 男の人形は、今回私は初めて見る人形だった。それはそうだ。ばあちゃんがこの宿を離れる時に置いてきてしまった方だから。それはばあちゃん本人から聞いた話。男の人形も女の人形と同様上品な顔立ちをしていて、兼光さんの姿にどことなく雰囲気が似ていた。



 ばあちゃんは一つしか連れていけなかったことをとても後悔していた。そもそもどうしてばあちゃんは白虎家を出ることになったんだろう。



 ばあちゃんからその話を聞いた時、私はただ家族の事情か何かあったんだろうくらいにしか思っていなかった。いつの時代も、故郷を離れることなくそこで生きていく者もいれば、宿替えして生きていく者もいるから。



 でもばあちゃんのお父さんは、この宿を継ぐかもしれないような人だった。そんな人が家を出るって、何かよっぽどの理由があったとしか思えない。



 それって、ばあちゃんがここに閉じ込められていることと関係していたのかな――?



「――オレはあなたに会った時から、ヒナ子様の面影を感じておりました」

 兼光さんは柔らかい表情で、私とそこにいる過去のばあちゃんを見比べながら言った。



「ヒナ子様が大きくなられたら、きっと今のあなたに似ておられたのでしょうね?」

 兼光さんに見つめられ、私は緊張する。



「――……先ほどヒナ子様を閉じ込めていった女は多恵(たえ)と云って、最初にこの座敷牢に閉じ込められていた当主の娘でありました。多恵の上には年の近い兄がおりまして、名は貞治(ていじ)と云いました……」

 兼光さんは突然、恐らく今は誰も知ることのないこの宿にまつわる出来事を語りはじめた。



「当主が亡くなり、この宿は長男である兄の貞治が継ぐことになっておりました。しかし……貞治は流行病に掛かってしまったのです。元々体が弱かったためか、その後病は悪化し、それ以来ずっと床に伏せっておりました」



「お兄さんが……病気に……」

 兄が病と聞いて私の中でただごとではなくなる。私の兄ちゃん、トシ兄も生まれた時から心臓と肺が悪かったから。



「貞治がこの宿を守っていくことは不能と判断した貞治と多恵の母親は、ここで板前として長く働いていた、信頼におけるヒナ子様のお父上を多恵の婿として迎え、この宿を継がせようと決めたのでございます」

 


「ばあちゃんのお父さんが?」

 ばあちゃんのお父さんがこの宿を継ぐかもしれなかったという話が、ここでようやく繫がった。

「じゃあ、ばあちゃんのお母さんは……?」



「ヒナ子様の本当の母君は、ヒナ子様が産まれて間もなくして病で亡くなられました」



「そんな……」

 そういえば、ばあちゃんの口からお父さんの話は出てきても、お母さんについて聞いたことはなかった。それはただ単に、自分にお母さんとの思い出がないからだったんだ。初めて知る話に、私は胸が締め付けられた。



「じゃあさっきの多恵さんていう人が、ばあちゃんの新しいお母さんになる人だったってことですか?」

 もうすぐ自分のお母さんになるかもしれない人にこんなところに閉じ込められていたなんて……。

 座敷牢の中で無邪気に人形遊びをしているばあちゃんを見て、私は息が詰まりそうになる。



 多恵さんも多恵さんだ。よりによって自分の父親を閉じ込めていた座敷牢に、自分の子になるかもしれないまだ小さいばあちゃんを置き去りにするなんて……。



 けど私は思った。多恵さんは、自分には視えないものが視えるばあちゃんが、本当に怖ろしかったのかもしれない……と。それは、みんなが私に対して感じるものと同じだと思った。



多恵(あの女)にとって、ヒナ子様は邪魔な存在でしかなかったのです。母親に言われ、先代から受け継ぐことになったこの宿を守っていくことしか頭になかったのでしょう。或いは、ヒナ子様をこの先自分の子として受け入れることができなかったのやもしれません」



 兼光さんの話を聞いて、私の中ではっきりした。きっとばあちゃんをこれ以上辛い目に遭わせたくなくて、お父さんがここから連れ出したんだ。ばあちゃんも、ここが嫌いだったから、出ていくことにしたのかもしれない……。



 だからあんな炎の中、必死になってお父さんがばあちゃんを連れ出した……。あの鏡の中で、そんな様子が映しだされていた。

 でも待って、となる。炎の中? 

 そうだ。鏡に映っていた燃えさかる炎。あれがもし本当なら、昔この宿で火事が起きたのは確かだ。でもどうして火事は起きたんだろう。



 あの時代のことだから、室内で灯すロウソクの火が原因で火事になったのか……。なにも自分のところが原因じゃなくても、建物が連なる町の造りなら火の手はまわりやすい。この温泉街でも同じことが考えられる。



 原因はどうであれ、きっとばあちゃんのお父さんは、何らかの理由で起きた火事に紛れて、ばあちゃんをこの座敷牢から連れ出したんだ。けど――



 その時にばあちゃんは、大事な自分の依代である二つの人形のうち一つを置いてきてしまうことになる。



「――兼光さんは、ばあちゃんが置いていった護り神。あの人形の付喪神だったんですね……?」



 ずっと心に引っ掛かっていた。兼光さんが備前兼光の付喪神だってことに。



 兼光さんが待っていると言ったその相手を、私はいつも無意識に探っていた。



 私を包み込むような眼差しは――私をばあちゃんの面影と重ねていたから。

 兼光さんから香った、どこかで嗅いだことのあるお香の香りは――いつも行くばあちゃんの部屋に微かに残っていたもの。

 


 炎の中でその人が掴んだのは、自分ではなく番いの方だった。

 不運だったとはいえ、連れていってもらえなかった心残り。

 その人の守護神としての役割を果たせなかった無念。



 兼光さんもまた、ばあちゃんとの思い出に囚われていたんだ――

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