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忘れられない、たった一つの願いごと  作者:
第二章:ようこそ九十九温泉街へ

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狐のお面Ⅱ

 にんじんを刻み終えた私は、次にキャベツの玉から葉を一枚づつ剥がしていった。隣では、狐のお面をつけた青年が手際よく切った鶏肉を鍋に入れて油で炒めている。



 彼はここで一人で暮らしているのかな? 声を聞く限り私より年上だと思うけど、そんなに年は離れていないと思う。



 家族はいるのかな? 学校は? それとも仕事? 気になり出したら疑問がどんどん湧いてきた。でも訊きたいけど訊けない。



「あの……」



「なんだい?」



「わたし、桃華といいます。あなたの名前は……?」



「僕かい? ……僕に名前はないよ。だから呼んでくれなくていいし、呼びたければ何でも好きに呼べばいい」



「え?」と私は一瞬止まった。



「名前がないって、そんなわけないじゃないですか。それに好きに呼べって言われても、逆に困ります」

 彼のいい加減なもの言いに私は少し呆れた。お面のせいで彼が本気で言ってるのか冗談なのかが今一読めない。



「そうなのかい?」と逆に不思議がられて、

「そうですよ」と私は少しムキになって言う。



「君って案外正直にものを言うんだね? 関心関心。あ、それ終わったならもらうよ?」



 切り終えた野菜が入った器を持ち上げて、私の前から奪い取る。何だかはぐらかされた気分だ。それに正直にものを言うとか言われたことないこと言ってくるから何だか調子が狂う。



 確かに彼を前にすると、私らしくない言葉が口から出てくる。初めて会った相手に思ったことを口にするなんて、今までの自分なら考えられないことだった。きっとこのいい加減な彼のせいに違いない。



 彼は一旦手を止めて、「うーん、そうだなぁ」と考え込むと、

「僕のことは琥珀(こはく)でいいよ。よく瞳が琥珀色だねってみんなから言われるんだ」と自分のことなのにどうでもいいみたいに言った。



「そうなんですか?」

 私は疑り深く訊き返した。

 みんなから……? 私は本当に琥珀色をしているのか確かめたくて、見えるわけないのに横から狐のお面を覗き込んだ。どこをどう見てもお面には線を描いた黒い目しかない。この人ちゃんと見えてるのかな……? 今度は別の件が心配になってくる。



「そんなに見つめられたら照れるなぁ」

 そう言って琥珀さんはふいっと私から顔を逸らした。瞳が琥珀色というのは嘘なのか。それともただ素顔を見られたくないのか。



「そんなに見られたくないんですか? 顔」

 思わず訊いた。すると「どうしてだと思う?」と逆に訊き返された。



「誰かから逃げてる……とか? すごく人見知りだったり? お面の下はもしかしてのっぺらぼう……とか?」

 私は反応を窺いながら、あれこれ考えて答えていく。その横で、琥珀さんはうんうんとただ頷いて聞いていた。しかも何だか他人事みたいに楽しげだ。それを見てると何を言っても正解なんてありっこない気がしてきた。



「それとも、幻術をかけるため――……ですか?」

 私は最後当てずっぽうで言った。狐にはそういう力があるとばあちゃんから聞いたことがある。狐のお面をしているだけで、彼が狐の妖というわけではないだろうけど。



「すごい想像力だね~。君、読書とか好きな方?」

 からかうように笑われた。



「でも幻術か。当たらずとも遠からずって言ったとこかなぁ。狐は化けるって言うからね。中々いい線いってるよ」

 他人事のように言って褒められる。また話をはぐらかされた……。



「まぁこの際慣れてくれよ、このお面に免じて。よく冬でも夏でも頭に毛糸の帽子を被ってる人いるだろ? それと同じだと思ってさ?」



「……? はぁ」

 そんな人いる? 言いたいことは分かる気もするけど、それと比べるのはなんか違う気がする。上手く誤魔化したつもりなのか、何が何でも言わないつもりのようだ。そこまでしてはぐらかされたら、これ以上は私も突っ込めない。



 私は諦めて、包丁を使ってまな板の上に広げたキャベツの葉を、ザクザクと刻んでいった。



 料理は続く――



「僕は基本何も信用しない」

 そう断言してから琥珀さんは急に「例えばこれ」とまだ封を切っていないモヤシの入った袋を手に取り私の顔の前に出して見せた。



「ここに〝山の湧き水で育てました〟と書いてあるが、果たして本当かな? って僕は思うわけだよ」



「それは本当だと思いますよ?」

 嘘なら会社としてどうかと思うし、ちょっとした社会問題として新聞の片隅に取り上げられそうな気もする。



「そんなのただの水道水から作ってるかもしれないだろう? まぁ僕は大して気にならないけど」



 気にしないんだ……。だったらなんでそんなことわざわざ話したんだろう? 私は小首を傾げる。



「僕んとこの井戸水は山から引いた新鮮な水だからね」と自慢げに言う。



「私の家もそうですよ。井戸はもう使ってないですけど」私が言うと、

「ふーん?」と何だか面白なさげだ。



「じゃあ、このせんべい汁も?」

 やり返すわけじゃないけど今度は私がそばに置いてあったせんべいとスープの素がセットになって入った袋を手に取って見せた。



「それは岩手県産の僕がいつも美味しく頂いている代物だよ。昔はそんなものなかったから、今は便利な時代になったよね?」

 こともなげに言いながら、肉やゴボウ、にんじんやらをぐつぐつ煮立たせた湯の中に、私が切ったキャベツを手際よく投入する。



 便利な時代になったって彼は一体今何歳なんだろう?

「今はご当地グルメといって全国で売られているらしいよ? でも今日の鍋にそれは使わない。僕お手製のせんべい汁を食べてもらうよ」


「はぁ」

 結局それは使わないんだ。だったら今の話はなんだったんだろう。いろいろ話してくるのはいいけど、やっぱり変わった人。さっきから調子を狂わされっぱなしだ。



 狐のお面をつけながら料理してるおかしな状況にももう慣れた。というより気にしないことにした。それに琥珀さんを相手していると、全てが冗談のように思えてくる。真面目に相手している自分でさえ、どうでもよくなってくる。



「今更ですが、急に来た私がごちそうになって本当にいいんでしょうか?」

 私は気を取り直して、そろそろ料理が出来上がりそうなのを見て訊いた。琥珀さんは味を見ながら調味料を加え、最後の味の調整にかかっていた。



「もう二人分作ってしまってることだしね。それに……」

 線を引いたような目が私の顔をチラッと見る。



「何ですか?」



「いや、ここにいるのであれば、僕が作った料理を食べておくといいよ」



「どういうことですか……?」



「まぁそのうち分かるさ。さぁ出来たから食べよう」

 意味深長な言葉を残して、琥珀さんが出来上がったせんべい汁を鍋ごと持って部屋に上がり、囲炉裏の上に吊した。



 囲炉裏を囲みながら二人で作ったせんべい汁を頂くことにする。二人で作ったといっても私は野菜を切っただけで、ほとんど琥珀さんが作ったのだけど。琥珀さんが味付けしたせんべい汁は本当に美味しくて、お腹が空いていたせいもあって私は一杯目を容易くたいらげてしまった。



 すると琥珀さんは「んっ」と手を伸ばしてきた。どうやらおかわりを注いでくれるらしくて、私は空になったお椀をおずおずと差し出した。受け取った琥珀さんは、せんべい汁をお椀一杯に注いでくれる。



「さ、召し上がれ」



「ありがとうございます……」



 お椀を受け取りながら私は思う。

 泉に落っこちそうになるところを助けてもらってから、傷の手当てに今はご飯までご馳走になっている。ここまでされたらさすがに悪い人とは思えない。なにより、私が何故あの洞窟にいたのか理由を訊かないでいてくれている。単に興味がないのかもしれないけど。それに彼もどうしてあの洞窟にいたのか私はずっと気になっていた。



「あの……」



「なんだい?」



「さっき、あの洞窟の泉にいたのは、ある人に頼まれごとをされたからなんです」

 このまま訳も言わずにお世話になるのは気が引けると感じた私は、せめて自分が何で洞窟にいたのか理由を話すことにした。



「あるひと?」



「その前に、話しておきたいことがあるんですが……」



「ふーん? 話してごらんよ」



「はい……私は小さい頃から、その……みんなには視えないものが視えるんです」私はおそるおそる口を開いた。



「みんなにはみえないもの?」と琥珀さんは訊き返す。



「はい……ばあちゃんが、あっ、ばあちゃんはもう亡くなっていないんですが、まだ生きていた頃、私に視えているそれは妖だと教えてくれたんです」

 そう言って固唾を飲んで狐のお面を見つめた。もしかしたら今目の前にいる彼もまた、人ならざるものかもしれない。私はそれならそれでいいと思った。彼なら全部をひっくるめて鼻で笑い飛ばしてくれそうな、そんな雰囲気がある。けれど琥珀さんの反応は私が思っていたものとは違った。胡座を掻いたまま、興味津々な態度で訊ねてきた。



「それがあの泉にいたこととどう関係しているんだい?」



「実は……」



 私は琥珀さんに、昨夜宿の浴場で蛇女のオキョウさんと出会って、彼女にあの洞窟の泉に落ちてる自分の体鱗を持ち帰ってほしいと頼まれたことを話した。



 すると琥珀さんは心底呆れた様子で声を上げた。

「昨日会ったばかりの奴の頼みを聞くために、たった一人であの泉に行ったのかい? 不用心にもほどがある!」

 私は驚くよりも少し腹が立った。



 今思えば危険ともいえる交換条件だったかもしれない。でも何の手掛かりもなくただ無情に時間が過ぎていくだけの私にとって、オキョウさんに持ち掛けられた話は思ってもない救いの手だったのだ。



「だって大切な薬が盗られてじいちゃんたちは困ってるんです! きっと今だって……」

 口に出して言うと急に家のことが心配になりだした。特にじいにちゃんがまた塞ぎ込んだりしてないか気掛かりだ。



「じ、じゃあ、琥珀さんはどうしてあそこにいたんですか?」

 自分のことは一先ず置いておいて、琥珀さんだってたった一人であの洞窟にいたじゃないかと責めたくなる。



「あの洞窟は普段は開いていないんだ」



「開いていない?」



「それが通れるようになっていたからどうしたかと思って下りて見たら、今にも君が泉の中に落ちそうになっているじゃないか。僕があと少しでも行くのが遅れたら、君は今頃泉の底に沈んで死んでいたんだよ?」



 恐ろしいことを簡単に言ってくれる。でも琥珀さんの言う通りだ。あの時、本当に泉の中へ落ちてしまっていたら、今頃自分は溺れ死んでいただろう……。想像したら、ゾッと背筋が凍り付いた。



「は、はい。それはもうごめんなさい。あの時は助けてもらって本当にありがとうございました」

 私は改めてお礼を言って頭を下げた。



「分かればいいよ。分かれば」と琥珀さんは納得してくれた。その後妙な間があって、私も一瞬なんの話をしていたんだっけ? となるけど、直ぐに思い出して話を戻す。



「と、とにかく鱗を持ち返るという約束なので、明日またあの洞窟に行ってきます」



 私がそう言うと、間髪入れずに狐のお面の内側からすっとんきょうな声が飛んできた。



「は? 君、馬鹿なの? また危険な目に遭うつもり?」



「でも私の知りたいことを教えてくれるって約束したんです」



 すると琥珀さんはお面の下で、これみよがしに長い溜息を吐いてみせた。表情は見えないけど、あきれ果てているのが分かる、そんな溜息だ。



「それで? その約束とは一体なんなんだい? 君をそうまでして果たそうとさせる願いとは?」

 一呼吸置いて、今度は落ち着いた声で問いただされる。



「はい……」

 私は気を取り直すと、訥々と話をはじめた。



「じいちゃんの薬が盗まれるのは、妖の仕業なんじゃないかって近所に住む人とたまたま家に来た警官に言われて。それで、村はずれにあるお寺の住職を尋ねたんです」



「ふむふむ、それで?」



「……そしたらその住職は、妖や物の怪に詳しい人がいるから尋ねてみるといいって教えてくれたんです。今私が泊まってる旅館にも出入りしてるってことも教えてくれて…………偶然にもそこが私のばあちゃんが子供の頃にいた旅館だったこともあって、それでいろいろあって私はこうやって今ここにいるわけなんですが……」



「ふーん、いろいろねぇ……?」



「……でも来てみたはいいけど手掛かりらしいものは何一つ得られなくて、そしたら宿の女湯でオキョウさんと出会って、その人に心当たりがあるというので……」



「その女の願いを聞いてやることが、君の尋ね人に辿り着く一番の近道とみたわけだね?」



「……はい」

 改めて辿ってみると、自分の浅はかさが際立って恥ずかしくなる。そんな私に琥珀さんは少し間を置いて言った。



「まぁ近道っちゃあ近道だったんじゃないのかい?」

 急に態度を変えて、ムシャムシャと小刻みに口を動かして食べる音がお面の内側から聞こえてくる。呆れてるでもない、怒ってもいないようだった。



「?」

 私は琥珀さんが言った内容を頭で理解しようとしながら、お面を付けながらどうやって食べたんだろう? と視線はそっちの方に釘付けになる。自分はずっと狐のお面に向かって話していたつもりで、もちろんそのお面が外れたりズレたりした様子はなかった。



 すると突然琥珀さんは両手で羽織の裾をバサッと後ろ側に翻すと、胡座をかいていた足を崩して片膝を立てた。そして狐のお面の内側から咀嚼音に紛れて突拍子もない言葉が飛んできた。



「君の捜しているその妖に詳しい者というのは、この僕のことで間違いないだろうからね?」



「え?」

 唐突すぎてどう反応すればいいか分からず、そのまま食べていた口も思考も一緒に止まる。



 理解が追いつかず、私はしばらくの間固まっていた。



 そんな私を他所に「ひとつ、君に話をしよう」と琥珀さんは続ける。



「あの蛇女は元を辿れば人間の娘だ。だったと言った方が正しいか」



「……? オキョウさんが……?」

 妖ははじめからずっと妖なんだと思っていた。それより私が捜していた人が琥珀さん? オキョウさんのことを今はまるで知り合いかのように琥珀さんは話しているし。なんだか狐につままれたみたいなこの状況に、いよいよ訳がわからなくなってきた。狐のお面だけに……。琥珀さんは気にせず続ける。



「蛇女はどうして自分の体鱗を持って帰ってほしいと君に頼んだのか、その理由について考えたかい?」



「いいえ」

 そんなこと考えもしなかった。ただ自分が知りたいことを知ることしか頭になかったと考える。



「今からずっと先の昔のことだ」

 そう前置きしてから、琥珀さんは今度は昔話をはじめた。

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