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旅立ち【4】

「――総司? おい、総司、大丈夫か?」

(ああ、あの頃の夢か……)

 うっすらと開けた目で、総司は揺れる黒い人影を見詰めた。時間をおくと、ぼやけていた視界がだんだんとはっきりしてくる。少し長めの前髪が顔に掛かって視界を塞いでいたが、それは見知った相手だった。黒い衣に身を包む、鼻筋の通った二十歳前後の男性。それを認めた瞬間、総司は思わずその彼に抱きついた。

「――!」

 抱きつかれた相手は一瞬目を丸くしたが、手馴れた様子で総司の背を擦る。

「どうしたんだ、総司」

「昔の夢を見たんだ、シゲ君」

 黒衣の男茂則しげのりは、言いながら力を込める総司の手を見て息を吐いたが、黙って総司の言葉を待っている。

「近藤先生は、父と母を失って後、やっと得た光なんだ。だから、父や母のように僕の無力で失うのが怖い」

「お前の両親が死んだのはお前の責任ではないだろう?」

 総司は茂則の言葉に、首を横に振った。

「僕の責任だよ。僕が無力だったからだ」

 成則にも、総司のように自分を責めずにはいられない時があった。だから、総司の気持ちはよく分かっている。しかし、このままでは何も得られないのだということも理解していた。

「後悔ばかりしていてもどうにもならないぞ」

「わかってるよ、わかってる。でも……」

「お前は新しく守りたいものがあるのだろう?」

 成則は、弱気になって俯いている総司の顔を上げさせる。

 総司は近藤をはじめ、試衛館の面々を思い浮かべた。

「お前は何があっても彼らを守りたいのだと俺に言ったな。だったら、今更何を迷う必要がある」

 茂則の言葉に、ぶわっ、と総司の目から涙が溢れる。

「そうだね。そうだったんだよ。僕は誓ったんだ」

 総司は涙を懸命に拭うと、気合を入れるように頬を叩いた。総司の瞳には再び強い光が宿っている。それを見た成則は、安堵の表情を浮かべた。

「ありがとう、シゲ君。元気出てきたよ」

 総司は現金なもので、成則に礼を言いい、傍らに寝かせてあった刀を手に立ち上がる。

「いつまでも、姉上の家に逃げ込んでいる訳にはいかねいよね」

「奈都さんももらしていたぞ。家に帰ってきてくれるのはうれしいが。お前は落ち込んでいる時ばかり帰ってくるから、見ているこちらが辛いとな……」

 同じように立ち上がった成則が向けた先には、障子の向こう側で揺れる影がある。

「ごめんなさい、立ち聞きするつもりはなかったのだけど……」

 控えめに開けられた障子の隙間からみつが顔を覗かせた。

「うんうん、姉上も心配掛けてごめんなさい」

 総司は奈都にも頭を下げた。そして総司は本当の姉でないにも関わらず、心配してくれた彼女の優しさに顔を綻ばせた。それを見て安心したようにみつも笑顔になる。

「朝餉の準備ができているわよ。昨日は夕食も食べずに部屋に籠っちゃったんだから、ちゃんと食べなさいね」

「はい、姉上」

 返事を返して、総司は成則の手を引いた。

「ほら、シゲ君も行こう!」

「厳禁な奴め! 言っておくが、今度から実家に戻る時は、事前に伝えてくれ。昨日道場に行ったら、居なくてびっくりしたんだぞ」

「時の郵便屋さんも大変だね」

(でも、もう大丈夫)

 これから動き出す歴史の波の中では悩む暇などないに等しいだろう。そしてなにより、守り通すと決めたのだから。


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