守りたかったモノと守れなかったモノ【3】
「随分と呆気なかったなぁ」
物陰から姿を現せた遥華が、砂となってしまった伊東の体を見て呟きをもらした。
「そうだな。色々と厄介事を引き起こしてくれた割にはな」
「ところで、伊東の遺体が原型残してへんのは大丈夫なんか?」
「ああ、問題ない。修平に代わりの手配を任せた」
いつの間にそんなに仲良くなったんや、と最近自分に対して少々無愛想な進に対する不満を含んで遥華は溜め息を吐いた。
「まあ、何はともあれ、伊東が死んだことで総司が喰われる心配はなくなった訳や」
「ああ。だが、まだ一仕事残っている」
「御陵衛士残党の一掃やな」
簡単なことのように言う遥華に進は眉を寄せる。その進の表情に遥華は不思議そうに首を傾げた。
「御陵衛士には総司と仲の良かった藤堂平助がいる」
ああそれでか、と進の言葉に遥華は納得した。
土方には知らせるなと釘を刺されているが、総司の知られるのも時間の問題だろう。進はこのまま事を運んで、ただでさえ不安定な総司の心を傷付けてしまうのを危惧しているのだ。
「それでも、やるしかないんとちゃうか」
そう言って遥華は進の肩を慰めるように叩いた。
新撰組屯所では、昼に見廻りあった疲れから、早くに床に就いた総司が、眠い目を擦り厠に向けて歩いていた。そして、厠から出てくると総司は慌しく行き交う隊士の姿を見咎めて、首を傾げた。
(あれは、永倉さんの班の隊士達だ……。何か大きな捕物があったのだろうか?)
「急げ! 御陵衛士の奴らが到着する前に七条油小路に到着しなければならない」
(御陵衛士! まさか、平助が!)
隊士の声を聞き取った総司は、居ても立ってもいられず慌てて部屋に帰ると、愛刀を手にすると油小路に向けて駆け出した。夜風が病を患っている体に沁み、息が上がり苦しかったが、今はそれどころではない。
一方、 町役人らしき男から、御陵衛士屯所で「何者かが先刻、伊東氏に深手を負わせたので、早々にお引き取りくださるように」という知らせを受けたのは、三木三郎、篠原泰之進、服部武雄、藤堂平助、加納鷲雄、毛利有之助、富山弥兵衛、橋本皆助の八人だった。愕然とした八人は、伊東の身を案じて直ぐに駕籠を雇って、七条油小路に向かうことにした。
八人が七条油小路に到着した時、時刻は午前零時をまわろうという頃だった。
「伊東先生」
変わり果てた伊東の姿を目にして、平助は悲しそうに目を伏せた。残る七人も同じように目を伏せて、悲しみや怒りを紛らわそうとする。けれども暫しの間悲しみに沈んでいた一行だったが、このまま伊東の遺体を晒しておく訳にはいかない。誰からともなく駕籠の垂れ幕を上げ、伊東を駕籠に乗せた。そして、皆で揃って黙祷した後、平助がその垂れ幕を下ろそうとした――まさにその時だった。
夜の静粛を切り裂いて、一発の銃声が響き渡った。それと同時に物陰に隠れていた新撰組の隊士達が一斉に襲い掛かる。
平助は背後から一刀を浴び傷を負いながらも、腰から刀を引き抜き振り向いた。しかし振り向くと、斬りかかってきた相手は新撰組でも顔見知りの男だったのである。そのことに平助は驚愕し、一瞬の隙が生まれる。それが命取りだった。二太刀目を顔面に受け、平助は絶命した。
服部と刀を交えながら永倉は平助の最後を見た。
「平助がくるかもしれない。もしきたら助けるように」
この計画のあらましを聞かされた時、近藤が言った言葉が永倉の脳裏を甦ったが、今となってはそれは気休めでしかなかったのだろう。自分と相対した人物を始末し、永倉は刀についた血を払った。




