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別離【4】




 伊東一派が去った日、永倉と進に支えられ、さらに土方と原田に付き添われる形で屯所に帰り着いた総司は、その日から数日の間熱を出して寝込むこととなった。

 土方達にしてみれば、総司に早く回復してもらい事情を聞き出したいようであったが、総司にとってはいつまでも熱が下がって欲しくないというのが本音だ。

 そのためか熱の下がりは遅かったが、結果的にそれは恐怖の日を先延ばしにしただけでしかなかったのだと、近藤の部屋の前に立ち総司は思った。山南の切腹の時すら比にならない緊張感に、この日が死刑宣告の日に思えてならない。総司は、少しでも気持ちを落ち着かせようと深呼吸をした。そして意を決して襖に手を掛ける。

「沖田総司参りました」

 入れ、と中から近藤の了承の声が聞こえて襖を開く。

 部屋の中には近藤を中心に、総司から見て右に井上、原田、左に土方、永倉と試衛館時代からの主だった者達が集まっていた。本来なら、平助や山南もこの場に居たはずなのにと、少しの寂しさを覚えながら部屋に足を踏み入れる。

 五対の瞳が総司の姿を捉えて放さなかった。総司は顔を俯かせたいのは山々だったが、そうすることもできず、真正面に位置する近藤の視線を捉えると、後ろ手に襖を閉めた。すると、部屋が閉ざされ、重苦しい空気が辺りを包む。そんな中、始めに口を開いたのはやはり近藤だった。

「総司、座りなさい」

 総司は言われるまま、近藤の正面に置かれた座布団の上に腰を下ろした。

「まずは、熱が下がってよかった」

 それを見届けて、近藤がやんわりと微笑んだ。けれど飴と鞭をうまく使い分ける近藤さんのことだから、次にくる言葉はきっと核心を衝いてくるに違いない。総司は膝の上で握った拳に力を込めた。

「だが、今回は決してお前の熱が下がったことを祝うために集まった訳じゃない。今回呼ばれた理由は、お前が一番よく分かっているな、総司」

 やはり核心を衝いてきた近藤に、否、と言う訳にもいかず、総司は首を縦に振った。その様子が脅えた子供のように見えて、近藤は幼い日の総司の姿を思い出した。自分や姉に心配を掛けまいと傷を隠していたことを叱ったことがあったが、今の総司の表情は、まさにその時のそれであった。

「何も俺達は揃ってお前を断罪しようとしている訳ではないのだよ。お前の性格はよく心得ているつもりだ。だからお前が皆に心配を掛けまいとしていたことも分かる。だが、知ってしまった以上はこのまま見てみぬ振りをできないということを分かってくれ」

 総司もまた幼き頃から慣れ親しんだ近藤の性格を理解している。そして、近藤の優しさは時に凶器であることも感じとっていた。だから総司はその凶器で傷を負う前にと、先攻をきった。

「黙っていたこと、そのために余計な心配を掛けてしまったことにはお詫びします。ですが、これを理由に僕を除け者するようなことはなさらないで下さい」

 総司の言葉に、近藤は太く勇ましい眉を顰めた。やはり、静養を言い渡すつもりだったようだ。そう考えを巡らせつつ、総司は目を離すことなく近藤をじっと見詰め答えを待った。その瞳の映し出す色に近藤は、答えを考えあぐねているようだった。それを見兼ねて、土方が口を挟む。

「確かに戦力としてのお前の力は申し分ない。しかし、それは同時に諸刃の刃だ。戦闘中に敵の攻撃を受けないにしても、先日みたいに血を吐いてみろ。隊士達の士気は下がり、不安が蔓延する」

 土方は暗に総司をこのまま新撰組に置いておくことはできないと言っていた。だが、総司は引き下がらなかった。

「じゃあ、戦闘中は絶対に血を吐きません。他の隊士達が不安がらないように気を付けますから!」

「そんなことが可能だとお前は思っているのか? 先日だって、俺達の前で我慢しようにも我慢できなかったお前が……」

「それでも僕は、新撰組と共に在りたい。近藤さんの力になりたい。僕はもう新撰組の一員でいちゃいけないんですか?」

 理屈的には土方の言い分の方が正しい。だが、総司の健気な訴えに土方は口ごもり、申し訳なさそうに近藤に視線をやった。近藤は二人のやり取りを聞き意見がまとまったのか、後は自分が引き受けたと土方に頷くと、すっくと立ち上がり総司に歩み寄った。総司は近藤が何をしようとしているのか分からず、体を硬くして、近藤を見上げた。すると近藤は総司と視線を合わせるように膝を折った。

「総司、お前がどれだけ新撰組を大切にしているか分かった。いや、はじめから分かっていたと言った方がいいかも知れん。俺はその思いを利用しようとしているだけなのだ。それでもお前は今まで通り俺に力を貸してくれるのか?」

 総司は涙を堪えながら力強く頷いた。

「そんなこと聞かれるまでもありません。僕はこの命ある限り近藤先生についてきます」

 一瞬複雑な表情を浮かべ、しかし近藤はありがとうと総司の肩を叩いた。その時ふと別れが近付いているような気がして、総司は思わずその腕に縋るように手を伸ばした。

(自分が絶対守って見せるから、だから絶対に自分を置いていかないで……)

 そんな思いで胸が一杯だった。



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