語り継ぐ者【4】
総司が目をつぶったのを見てとって、遥華が総司からは見えない位置で手招きをする。進は総司が見ていなかったことを確認すると、総司の枕元を立った。
「遥華を送ってくる。今日はもう静かに休め」
もう半ば眠りかけていた総司は、目を開くことなく、ひらひらと手を振ることでそれを見送った。二人は連れ立って総司の部屋を後にした。
人気のないところを選んで、屯所から空間移動で神社の裏に降り立った二人は深刻な表情を浮かべ、顔を突き合わせる。
「それで、総司のことなんやけどな……あれ、禁を犯したんとちゃうか?」
さすがと言うべきか、予測はしていたが総司の病の原因を見抜いた遥華に進は肯定を示した。
「その通りだ。池田屋の一件でな」
「やっぱり、あの一件は総司の仕業やったんか。それにしても、さっきの口ぶりから察するに総司は随分と入れ込んでしもうたようやな」
「あれは優しい奴だからな。訪れる別れを仕方ないものだと割り切れなかったんだ」
進はいつか訪れる別れを仕方ないものだと受け入れながらも、総司の思いを知り、それを後押ししたこと自嘲するように笑った。
「総司は旅人としてまだ若いからなぁ。せやけど、そういうのわいは嫌いじゃないで」
もちろん、シゲはんも嫌いじゃないけどな。と、付け加えて、遥華は進の肩を叩く。
「あんさんら二人が別れを惜しむくらい近藤はすごい男らしいなぁ」
「立派な志を持った男だと思っている。自分を偽らない正直な男だ」
「シゲはんにそれだけ言わせるとは、それだけで尊敬に値するは」と、遥華は笑った。
「死なすには勿体無い男だ」と、進が付け加えると、遥華はその笑いを収める。
「本当に、シゲはんにそこまで言わす男も珍しい。せやけどな、わいらは歴史を変えられはしないんや。わいらは別れを受け入れるだけ……」
悟りきったような言い方に、進は彼もまた自分と同じなのだと思い出した。遥華もまた数々の別れを経験しているのだ。
「せやけどな、別れを受け入れたとしても、わいらの中で彼らは消えることはない。永遠を生きるわいらは、永遠に彼らのことを語り継ぎ、彼らの存在の証を残すことができるんとちゃうか?」
遥華の言葉は言ってしまえば気休めでしかないのだが、進には救いのように感じられた。
「その言葉総司に言ってやったらどうだ?」
「言ったところで、多分総司は行動を改めんと思うで。あれはもう自棄に近い。君主の後を追って死を選ぶ、忠臣みたいなもんやな」
「誠の武士と言う訳か……」
複雑な気持ちで進が呟いた。〝武士道〟それが新撰組の掲げた志だ。
「旅人としての力を捨てる形で死を選んだら、自分が身を持って示してきた武士の道が消えてまう。だったらいっそのこと賭けにでたんとちゃうか」
「あいつがそこまで考えているか微妙なところだがな」
「まあ、どちらにしろ、わいらが彼らを忘れんのは確かなことや」
右手の親指で自らの胸元をとんとんと叩き、遥華が言う。ベタな言い方かもしれないが、心の中にいつの日も生きていると言いたいのだろう。進はその言葉を噛み締めるように、衣の胸元をぎゅっと握り締めた。
「時の流れが渦巻いとる。その分彷徨い人もこの時代に引き込まれやすい。気ぃ付けやぁ、総司を喰われへんように……。総司の思いを無駄にせんためにも」
遥華の言葉に進は自分のなすべきことを改めて実感する。未来に待つ別ればかりに目が向いていて忘れ掛けていた。
(自分は旅人と旅人を繋ぐと共に、彼らの思いをも繋ぐ存在だ。自分は、総司の思いを繋ぐ為に新撰組
(あそこ)にいるのだ)
「おまえも偶には良いこと言うんだな」
そう言って珍しく進が笑う。珍しく笑って見せた進に目を丸くした後、遥華はぷくーっと頬を膨らませた。
「たまにはっていうのは余計や! わいはいつだって良いこと言うとるで」
「まあそういうことにしておくか……」
「なんや、その仕方なさそうな言い方」
「実際仕方ないと思っているのだから当たり前だろ」
肩をすくめてみせた進に対して、遥華は歯を剥き出しにして耳障りな声を上げた。
「キィー! シゲはんの阿呆! わいもう帰る!」
遥華は背を向け立ち去ろうとしたが、進はその背を慌てた様子もなく見詰めていた。すると、遥華は数歩進んだだけで足を止め振り返った。
「これだけは覚えといてぇな。わいは攘夷側にいるけどあんさんらの敵になったつもりはあらへん。見届けるためにここにおるんや。だから、あんさんらが暴れるのを止める権利はわいにはあらへん。だから、思うようにやりぃ」
言い終わると指をパチンッと鳴らして遥華の姿は掻き消えた。
宿の部屋に音も無く降り立った遥華は、部屋の中央で姿勢を正し自分を待ち構えていた修平の姿に溜め息を吐いた。修平の小脇には数少ない荷物がまとめられた風呂敷包みが置かれている。
「修平これは何の真似や?」
遥華の問い掛けに修平は固く結んでいた口を開いた。
「俺はこの時代を離れようと思う」
一度はこの時代を離れることを拒んだ修平だったが、遥華を送り出した後考えずにはいられなかった。総司が旅人として過ごした日々、その中で得たモノ、そしてその決意。そのどれにも自分は敵わないのではないのではないだろうか。考えれば考えるほど、自分の弱さを見せ付けられているような気がして、気が付くと荷物をまとめ始めていた。
「なんでまた。そないな急に」
「遥華、俺は弱いんだよ」
修平は自嘲気味に笑う。
「何言わはるん。あんさんは弱などないで」
遥華の思わぬ否定に、修平は呆然とした。修平は、遥華が旅人として弱い自分を嫌っているものと思っていたのだ。
その隙に遥華が荷物を取り上げる。修平はそれを奪い返そうと身を乗り出したが、すっと前に伸ばされた遥華の手にそれを制されて、再び畳に腰を下ろさざるを得なかった。遥華はそれを見て取って、取り上げた荷物を畳の上に下ろすと、それを背に隠すようにその手前に腰を下ろした。
「あんさんはやさしい子やなぁ」
「何をいきなり言い出すんだよ!」
いつになく穏やかな表情で遥華が言った言葉に、修平は頬を染めた。
「あんさんならきっといい旅人になれると思うで、総司に負けへんくらいのな。だから、この時代を離れる必要はあらへん。それになにより、あんさんがこの時代に残ることが総司のためにもなるんや」
「蒼矢さんのために?」
総司自身は修平にこの時代を立ち去るように言った。なのに総司のためにこの時代に残れとはどういうことなのか、修平にはさっぱり話が見えてこない。
「総司が禁を犯したことをあんさんはうすうす感じていたな」
修平は一瞬戸惑いを見せたものの頷いて見せた。
「総司は禁を犯してまで歴史を変えようとした。それでも、歴史を変えることは難しい。だが、彼の、新撰組の思いを見届け語り継ぐことはできる。だから、あんさんにはそれを見届けるためにこの時代に残って欲しいんや」
遥華の頼みは簡単に返答しかねるものだったが、それでも修平の中で答えはすんなりと決まった。
「わかったよ、もうしばらくこの時代に残る」
旅人として若輩者の修平には、総司の決意の行き着く先を見届けることが自らのためになるような気がしたのだった。