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語り継ぐ者【3】

 修平の姿が見えなくなって、総司は進の腕の戒めを破るのを諦めたのか、反発するように掛けていた力を抜いた。それに応じて進も掛けていた力を抜く。戒めがなくなったのをいいことに、総司は振り向き様に進の頬を平手で引っ叩いた。

「どうして奴を逃がしたのさ!」

 悔しそうに唇を噛み締めながら総司は、赤く腫れた頬を擦る進を見詰めた。感情の高ぶりに任せて喚く総司の姿は、冷静とは言い難たい。

「少し落ち着いたらどうだ? いくらお前が強くたって、その体では二人ともただでは済まなかっただろう?」

「そんなことやってみなくちゃ……」

 ふらりと総司が進の腕の中に倒れこむ。気を張り過ぎていたのか、総司はどっと疲れを感じた。

「ほら見ろ。屯所まで運んでやる。お前は寝てろ」

 進が眉間に皺を寄せながら言う。そんなに眉を寄せていると土方さんみたいになってもしらないからなと思ったが、総司にはそれを言う力はもう残っていなかった。

「ごめん」

 一言謝って、総司は意識を手放した。




「遥華!」

 宿の階段を駆け上り、目的の自物の名を呼びながら、修正は襖を勢いよく開ける。

「なんや、騒々しい」

 部屋の中央で行儀悪く胡坐を掻き、瓦版に目を通していた遥華が顔を上げた。修平はずかずかと遥華の元まで進むと、服が汚れているのも気にせず、その隣にどかりと腰を下ろす。

「どないしたんや、修平、疲れた顔して……」

「新撰組の沖田総司に会った」

「ほぅ、そりゃまたけったいやな」

 遥華は修平が沖田の名を出しても、別に興味がないと言いたげに再び瓦版に視線を落とす。

 その態度が気に入らなくて、修平は遥華の手元にあった瓦版を奪い取ると、びりびりと破り捨ててしまった。

「彼は時の旅人だと名乗った。遥華、お前は彼の正体を知っていたはずだ。なぜ言わなかったんだよ!」

 瓦版の切れ端を手に取って、「これじゃもう読まれへんな」と呟いて遥華は修平に向き直る。

「もし言うてたら、あんさんはどうしていたと言うんや? 同じ旅人である総司の居る新撰組の側に付いとったんか?」

「そ、それは……」

 自分は強い人間ではない。守りたいからという思いだけで、歴史では負けると分かりきっている側に付くほどの度胸はないのだ。

「ほら、答えられへんやろ? あんさんが総司のこと知れば、変に気ぃ遣ってまう思とったからな。だから、自分で知るまで黙ってたんや」

 何かうまく言い包められている観は否めなかったが、そういう言い方をされるとそれ以上追求は出来なくなる。こういうところで遥華はずるい。

「で、総司は元気やったか? シゲにはこの前会ったんやけど、総司にはまだ会ってへんねん」 

 遥華の問い掛けに修平は答えとなる言葉が見つからなかった。総司の病気の原因が自分の予想通りならば、尚の事、言ってはいけないことのように思える。

「まあ、時の旅人である限り元気なんは当たり前か……」

 修平の気も知らないで、遥華は自己完結を下すと、

「せや、人気の店で一時間ほど並ばんと入手できへん団子が手に入ったんやけど、一緒に食わへんか」

 と包みを取り出した。しかし、修平はそれではいけない気がした。

「遥華、今から蒼矢さんとこ行ってこい!」

「はぁ? 何を言い出すのかと思えば、どないしたんや?」

 口に運び掛けたみたらし団子の串から、たれがぼたりと畳の上に落ちた。遥華が慌てて布巾を捜しに動き出す。それを気にせず、修平は遥華の姿を目で追いながら言葉を続ける。

「別にどうもしないけどさ。ただ、このままだと決まりが悪いから、話しつけてきて欲しいって言ってるんだよ」

「そんなん、自分で行けば良いんとちゃう?」

 布巾が見付からなかったのか、遥華は畳に落ちたたれを、先ほどの瓦版の切れ端で拭き取りながら答えた。

「言っておくが、俺は蒼矢さんに切られかけたんだぞ。そんな相手にのこのこ会いに行けるか」

 修平は少し卑怯な気もしたが、これに関しては遥華の目で現状を見てきてもらう他ないと思う。遥華は甘味に関しては労力を惜しまないくせに、わざわざ出向く労力が惜しいとばかりに眉を寄せた。けれどが、何も言わないところからすると了承したらしい。

 修平が言葉としての了承を待っている中、遥華は手にしたみたらし団子を頬張った。甘い物を得たことで、眉間の皺も自然と解ける。

 そして遥華は満足したと言いたげに顔を綻ばせて立ち上がった。

「これ、捨てといてぇな」

 口の中の団子がまだ飲み込めていない状態でもごもごとそう言って、みたらしのたれで汚れた瓦版を山形(やまなり)に放って寄越す。

 修平が反射的に両手でそれをキャッチすると、べたりとたれが手に付いた。

 修平は「こんなもの放って寄越すな」と怒鳴ろうとしたが、遥華が今まで居た空間が空白になっていることに気付くと、そこから視線を左にスライドさせる。

「ちょうと出掛けてくるさかいに、留守番よろしゅう」

 ちょうど襖に手を掛けていた遥華は、空いている手をヒラヒラ振って出て行ってしまった。




 ひんやりと額に触れた感触に、総司はうっすらと目を開け、額に手をやる。そこには湿らせた手拭いが置かれていた。

「落ち着いたか?」

 傍らに桶から上げた手を拭う進の姿がある。どうやら手拭は進が置いてくれたらしい。

 総司は布団の上に手拭いが落ちないようにそれを手に取った後、ゆっくりと体を起こした。それに手を貸した進が肩から上着を掛ける。

「ありがとう、シゲくん」

 その上着が落ちないように引っ張り上げて、総司は礼を言った。だが総司は、そこで傍と屯所に戻って来たにしては静かだということに気付き、不安に駆られ進の腕を掴んだ。

「シゲくん、皆は……?」

「お前の体に障るといけないからと部屋で静かにしているぞ」

 進の言葉にある結論を予測して、さっと総司の顔から血の気が引く。

「ま、まさか、言っちゃったの?」

 進の腕を掴んだ手に力が入る。だが、進が首を横に振った瞬間力が抜けた。

「いや、風邪だと言っておいた。原田さんたちが看病すると煩かったが、土方さんに怒られて強制退場だ」

「よかった。じゃあ、知られた訳じゃないんだね」

 胸を撫で下ろした総司に、進は人の気も知らないでと言いたげに溜め息を吐いた。

「ああ、でも、このままじゃ知られるのも時間の問題だぞ」

「そうかもしれない。だけど、桂や坂本を切るまでは持たせてみせるよ」

 決意を表すように手をぐっと握り締める。と、そこへ降ってわいた気配に二人は身を強張らせた。

「なんや、(えら)い啖呵きりよるな。しばらく会わんうちに、掟破りも怖ないようなこと言うて、男らしゅうなったんとちゃうか」

「「遥華!」」

 綺麗にはもった二人の声に遥華はクスクスと笑い、柱に寄りかかったまま、よっ、というふうに右手を上げる。

「久しぶりやな。元気しとったか?」

「この有様を見て元気にしていたと言えると思うのか?」

 気配の主が遥華だったことで体の力は抜けたものの、突然の訪問に困ったような顰め面で進が言葉を返す。進の言葉に遥華は、布団から上半身だけを出した総司の姿を捉えた。

「見えへんなぁ。せやけど、時の旅人は病なんて掛からんはずやなかったか? まあ、これで修平が会いに行けと煩く言うた訳がわかった気はするが」

 遥華の視線で衣の乱れに気付いたのか、それを整えながら総司が目を鋭く光らせた。微かな殺気が部屋の温度を下げる。

「修平とか言ったあの旅人が遥華に報告したんだね。やっぱり、あの時腕の一本でも貰って、口止めしておくべきだったかな……」

 さらりと総司の口から出た言葉に、遥華は顔を引きつらせ、進は勘弁してくれと顔を手で覆う。

「あんなぁ、総司、別に修平に言われんでも、もうそろそろ挨拶に来よう思てたんやで。だから、そんな怖い顔せんといてぇな」

 そんなに怖い顔をしているつもりはないけれどと進に顔を向けると、進むは遥華の言葉に同意を示すように首を縦に振った。

「まあ、ともかく疲れが出てるんやろ。ゆっくり休みぃ」

 遥華はそう言うと、再び総司を布団に押し込み首筋まですっぽりと掛け布団で包む。総司は体を覆う温もりにゆっくりと目を瞑った。




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