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禁忌【1】

 元治元年。

 各所に密偵に入っていた島田魁、山崎進ら監察方の報告により、不審者、古高俊太郎が捕縛される。しかし古高の口は堅く、彼に口を割らせようと、土方は拷問を提案した。

 一方でその知らせを茂則から受け取った総司は、拷問前に彼が囚われている牢に人目を盗んで忍び込んだ。それは情報を聞き出すためではなく、総司にとっては確認作業に近かった。

 総司はこの先起こることを知っている。そして本来ならそれは表に出すべきことではない。だが総司の計画を決行するために古高に全てを話す気になってもらわないと困るのである。

 おそらく古高は総司がすべてを知っているとわかれば、隠す気力など失うだろう。そうすれば土方らは時間を要することなく池田屋の企てに辿りつける。それが総司の狙いだった。

 蝋燭の明かりだけが照らす薄暗い部屋の中で、総司の目は企ての鍵を握る男の姿を捉えた。

「古高俊太郎だな」

 舌を噛んで自害することを防ぐための猿轡が、古高が声を発することを妨げている。そのため総司の問いに古高は、首を縦に振ることで肯定を示した。総司はその肯定に満足して、牢越しに古高の前に腰を下ろす。

「今から僕が言うことに、お前は肯定か否定かを示せばいい」

 冷たい床の感触を感じながら、さめざめとした声で、総司は自分の知る限りの陰謀の全容を話し始めた。そうして全てを話し終えた頃には、古高の顔は真っ青に染まっている。あまりにも詳細な語り口に、血の気も引いてしまったのだろう。目だけがお前は何者かと問い質している。それを見て、総司は自らの企てが成功する予感に笑みを浮かべた。

「僕は沖田総司。僕がいる限り、君たちの好き勝手にはさせないよ」

 その瞬間、古高の顔は確かに絶望に彩られた。

 後に土方が言うことには、拷問を始めた時、既に古高は黙り通す気力を失っていたそうだ。そして口を割った古高の証言で恐るべき計画が露見した。祇園祭の宵々山で賑わう京の町に火を放ち、御所を焼き払い、孝明天皇を長州まで連れ出そうというのだ。

 そして、元治元年水無月の五日。この計画を阻止しようと近藤勇率いる新撰組が、少数の隊士を率いて三条小橋に程近い池田屋を急襲した。これが世に言う池田屋事件であった。


 池田屋には、もはや動く者は自分を除いて存在しない。総司がそう思った瞬間のことであった。

「総司、お前なんてことを仕出かしたんだ!」

 響いたのは進の怒鳴り声だった。普段御用改めには姿を現さないはずの進がそこにいる。その意味がわからず、返り血を拭いながら総司は、きょとんとして首を傾げた。

「シゲ君、何をそんなに慌てているのさ」

「何って、お前、古高が計画を話す気になるように手を廻した上に、池田屋(ここ)に斬り込んだからだろ!」

 進という名ではなくシゲと呼ばれたことも気に掛けず、進はまくし立てた。だが総司は、進の言葉を何でもないことのように受け流す。

「ああ、そのこと……」

「そのことって、お前、本来池田屋で行われていた密談は歴史上、表舞台には出なかったはずのものだ。それが、お前のとった行動で露見した。これは立派に歴史を変える、掟破りの行為だぞ」

 感情の高ぶり抑えきれない成則は、総司の羽織の胸倉をぐいっと掴み、鼻と鼻が触れ合いそうなほど顔を近付けた。そして、はぐらかそうとする総司の顔を真正面から睨み付ける。

「総司、これが本当にお前がしたかったことなのか?」

 進の問い掛けに総司は静かに微笑んだ。

 守る―――そう決めた事に後悔はない。総司は言葉ではなく目で語った。その表情に総司の覚悟を察したのだろう。進は静かに腕を放した。

「お前は……」

 本当にそれで良いんだな、と進は問う。だが総司は、答えを返さないうちに喉の奥から込み上げてくる違和感に気づいた。その違和感を抑える暇も与えられず、

「っつ……」

 咳き込んだ総司自身も、一瞬何が起こったのか分からなかった。

 そっと口にやった手を離すと、そこに赤い花が咲いている。ゆっくりと足元に目をやると、手に収まりきらなかった液体が一輪、二輪とさらに花を咲かせていた。

 それを目に収めてやっと口の中に血の味が広がってくる。総司は血の味に目を丸くし、進は総司の咲かせた血の花に眉を顰めた。

「これは掟を破った僕への戒めってことなのかな、シゲ君」

 本来不老不死の時の旅人は病に掛かることもないのだから、と総司は目を伏せた。進は総司の言葉を否定することもできなかったのだろう、しかし総司の手を取り、

「ともかく医療班のもとへ……」

 と、自らの手にその血が付くことも気にせず、総司の手を強く引いた。

 だが総司は、その一連の動作に身を任せることなく進の手を振り払った。まさか振り解かれるとは思わなかったのだろう。進は勢いを殺し切れずよろめく。

「駄目だよ、シゲ君。それじゃあ皆に心配を掛けてしまう」

 体勢を立て直した進から少し距離をとって総司が言う。

「そんなこと言っている場合か!」

 対する進は、声を荒げた。総司は進の声に体を震わせたが、それでも嫌だと聞き分けのない子供のように首を横に振る。

「…………」

 迷うことは多いけれど、一度決断してしまったことを総司は曲げはしないということを、進は知っている。だからこそ、彼は黙っていてくれるだろうという確信が、総司にはあった。

「わかった、お前がどうしても医療班のもとに行くことを拒むのというなら、俺と共に町医者に行こう。そこなら、お前のことを知る者もいない。お前が懸念するようなことにはならないだろ?」

 総司は少し迷ったが、やがてその選択肢を受け入れた意を込めてこくりと頷いた。

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