千年桜【4】
「後から聞いた話では、守人の血は彷徨い人を静める唯一のものなのだそうだ。あのとき祖母は身を挺して彷徨い人を静めることを選んだのさ」
そう言って、茂則は話を締めくくった。千年桜の木の幹に体を預け、そこに刻まれた記憶に思いを馳せながら、耳を傾けていた総司は、桜の気を見上げ、
「そう、だからシゲ君にとって桜は悲しい記憶そのものなんだね」
と言う。
「でもね――」
言葉を続けながら、総司はゆっくりと視線を茂則に移した。
「シゲ君、僕は近藤さんに出会って思ったんだよ、悲しい記憶だけが全てじゃないって。それにシゲ君は僕に言ったよね。後悔ばかりしていても仕方がないって」
「確かに言ったが、それとこれとは……」
「関係ないことなんかじゃないよ。僕は、シゲ君が僕に対して甘いと同時にとてつもなく厳しいことを知っている」
「そんなことは……」
本当にないと言い切れるの?、と自分を見つける総司の目に、茂則は言葉を詰まらせた。総司は、それをいいことに、尚も言葉を続ける。
「シゲ君はさ、僕の傷を癒そうとしているけど、それと同時に自分の傷が癒えることを望んでる。シゲ君が僕に言ってくれた言葉は、自分自身が言って欲しい言葉なんだよ」
不覚にもその言葉に、癒えたはずの傷が未だ癒えきれていないのだと茂則は気付いた。割り切ったつもりでいて、その実囚われていたのだ。くっと唇を噛んだ茂則に、耐えかねた総司が桜の幹から体を離し、手を伸ばす。
「今だけは僕に言わせて。僕にとって、剣は父と母を思い出す悲しいものだったけれど、今は違う。剣には近藤さん達と過ごした日々の思い出が詰まってる。桜も同じだよ。それが悲しい記憶なら、楽しい記憶で上塗りすればいい」
成則は総司の手を見つめ、それに手を重ねる。
「行こう、お花見へ……」
総司が声を掛けると、成則は「ああ」と頷いた。
月明かりの中、咲き誇る桜。花見の名所と名高い場所であっても、この物騒なご時世は流石に日が沈むと人影はない。
それをいいことに思い思いに衣を着崩して、隊士達が飲み明かす。なかでも原田は服を脱ぎ裸踊りでも始めそうな勢いだった。隊士達が「よっ、待ってました!」と歓声をあげる中、常識人である永倉と山南が慌てて止めに入っている。
こんな夜中に、自分達以外に見咎める者などいないのだから止める必要ないのに、と少し残念に思いながら総司は横に座す進を見た。
進は昼間とは比べようもない穏やかな表情を浮かべて、天の川のように夜の中に浮かぶ桜の花を見上げていた。もしかしたら、彼の心は桜の花によってできた天の川を渡り、対岸の祖母のもとに行っているのかもしれない。
「手のひらを硯にやせん春の山」
同じように桜の花を見上げていた土方が歌を詠む。相変わらずセンスのまるでない歌だったが、総司には今宵はそれを指摘するほど野暮な気は起こらなかった。