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魔王様、勇者に敗北する

ルークは焦っていた。

エルを助けようと思っても結界に遮られて中に入れない。

神聖魔法の結界を破るには、同等の力の神聖魔法かそれを上回る暗黒魔法でなければ破れない。

ルークはかなりの暗黒魔法の使い手だが、それでも勇者の結界が破れなかった。

二人の足元を見ると僅かだが結界が二重になっているのに気付く。


(二重結界?一つは勇者…もう一つは誰だ?どこから?)


結界内の一騎打ちの勝負、当然エルは全力で戦っている。

神聖魔法の結界内、しかも勇者の結界なので、暗黒魔法はほぼ封印されているだろう。

だがエルは剣術のほうが得意である為、結界内でも勇者と剣術で渡り合えた。

過去には神聖魔法を使ってエルに戦いを挑みに来た者もいた。

しかしエルにとって例え暗黒魔法を封印されたとしても、剣術で相手を倒す事ができるので問題はない。

エルは剣術に優れ、臣下のルークは暗黒魔法に優れていた。

魔王はエルだが、ルークと二人で魔人領域を今まで統治していたのである。


ルークと同じく、エルも焦っていた。

勇者の神聖魔法の結界で暗黒魔法が封じられるのは分かっていた。

しかしそれ以外の不利な状況にエルは立たされていた。

思った以上に体力を消耗する。

結界内に浮遊する小さな光の粒がエルの周りに漂っている。

その光が自分の体力だけを吸い取っている感覚だった。

エルは焦りを悟られないように大鎌を振り回し、ロイに何度も攻撃をしているが、ロイは頬を赤く染め、微笑みながらエルの攻撃をひたすらかわし、たまに軽く攻撃をする程度だ。

まるでダンスをするかのようなロイの姿に、エルは焦り以上に怒りを感じていた。


(バカにしやがって!)


時間だけが無駄に過ぎていく。

長期戦はエルには不利だった。

僅かに肩で息をするエルをロイは心配そうに見つめた。


「大丈夫ですか?疲れましたか?」

「うるせー!」

「では私も本気を出しましょう」


ロイがダン!と、右足で力強く大地を叩くと結界がより一層強い光を放ち、光の粒がエルの体にまとわりつく。

それを吸った瞬間、エルの体が硬直する。


(麻痺?このオレが神聖魔法で麻痺?)


エルの歯がガチガチと音を立てる。

微笑むロイの背後に彼とは違う別の気配を感じる。


(勇者の神聖魔法?違う、他に誰かいる!そいつと一緒にオレを…!)


勇者の左手がエルの首を捕らえた。


殺される!


エルの脳裏に初めて自分の死を感じた。

そのまま絞殺されると思ったが、ロイの左手はスルリと首から後頭部へと移動し、エルの頭をしっかり掴むとロイはエルの唇を奪った。


勇者にキスをされている。


麻痺して体が動かないせいか思考回路も停止している状態で、エルは自分が何をされているか理解できなかった。


「愛しています、エル・ジェリル。私と結婚してください」

「??」


再びロイがエルにキスをする。

ようやくエルが勇者に負けた事、ロイにキスをされている事を理解すると、恥辱と怒りで震えだした。


「私の勝ちですね、魔王様」

「ちく…しょ…!殺…せぇぇっ!」

「ははは、ご冗談を。夫が妻を殺すはずないでしょう」


エルは眉間にしわを寄せ、こいつ何言ってんだ?という目でロイを睨む。

そんなエルにロイは満面の笑みを見せて力強く抱きしめた。


「さあ、私達の家に帰りましょう」

「はあ?」


ロイは右手で自分の耳をトントンと軽く叩く。


「任務完了しました。撤退します」


その言葉と同時に結界がゆっくり消えていく。

その瞬間を狙ってルークがエルを捕まえようとした。


「エル・ジェリル様!」

「邪魔です!」


ロイとルークが同時に魔法を放つ。

神聖魔法と暗黒魔法の魔法陣がぶつかり合うと、激しい爆音と共に周囲を白く染め上げた。

白一色の世界の中にロイとエルが消えていく。


「ルー…!」

「エル・ジェリル様あぁーっ!!」


エルがルークに手を差し伸べようとしても麻痺して動けない。

それでもエルはルークに向かって懸命に手を伸ばした。

ルークがエルの手を掴もうとした瞬間、完全に光の中へ消えてしまった。

光が消え去った場所にエルはもういなかった。



*****



神聖魔法での転移は暗黒魔法の使い手であるエルにとっては相性が悪く、船酔いのような吐き気がした。

まだ麻痺が完全に解けていない体でエルはゆっくりと周りを見回した。

エルはロイにしっかり抱きしめられている。

二人は青白い魔法陣の中にいる。

その魔法陣を囲むように数名の男達。

彼らは神聖魔法の法衣を身に着けている。

そして目の前には美しい女神の銅像。

そこは勇者が暮らす神聖魔法の領域、神を崇拝する神聖魔法の神殿内であった。


(オレはここで殺されるのか)


エルは魔王としての死を覚悟した。

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