庭の手入れと昼食
「こちらです!!セレス様!」
庭に出るとどこからか私を呼ぶ声がした。どこだろうと見渡しているとひょこひょこと植木の隙間から顔を出している侍女さんがいることに気づいた。
「ご足労ありがとうございます。こちらがお召し物です!お着替えは、少し汚いですが庭の小屋でよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
渡されたのはつなぎと白いシャツだった。つなぎは着たことなかったのでうまく着ることができるか心配だったが大丈夫だった。
「はい、うまく着られたようですね。よかったです。では、まず最初にお庭のご紹介を。その前に私のお名前を。私はチマと申します。よろしくお願いします」
茶色の髪に緑の目、とても元気な子がチマさん。覚えておこう。私はそのままチマさんに連れられて庭を探索した。果樹のエリアにお花のエリア、薬草だって栽培していた。
「とても綺麗に整備されているのですね」
「はい!いつ誰が見ても気持ちがいいように整備させていただいてます!」
チマさんは庭の整備にとても力を入れているようだった。きっとそれがやりがいなのだろう。
「そうだ。チマさん、私は何を手伝えばいいのでしょうか」
「そうですね、やっぱり一番簡単なのは雑草を取っていただくことでしょうか。お手が汚れてもいいようにこちらで手袋を用意させていただいておるのですがよろしいでしょうか。あとチマ、でお願いします」
雑草取りであれば毎日のようにやっていたから慣れている。それにもう手袋なんか必要ないくらいに免疫はできている。あとさりげなく訂正された気がする。
「全然大丈夫ですよ。それに手袋なんか必要ないぐらいには慣れてます」
「そうでしたか…ですが安全のため手袋はしていただけますか?私たち精霊には良くてもセレス様が触れてはいけないものもあるかもしれないので」
さっきまで庭を見てきたけれど、人間界で見たようなものは全くなかった。少し似ているものもあったけれど、かなり本質的には違うものばかりだった。それに、チマさんが言う通り精霊には触れるけど人間には害するものおあるかもしれない。おとなしく手袋をしてやろう。
「うーんとですね、セレス様には花壇の雑草取りをお願いいたします。私は近くで低木の剪定をしていますので何かあればお申し付けください」
「ありがとうございます。がんばりますね」
雑草の見た目ってそんな変わらないんだなぁ。私がいつもむしっていたようなものと同じようなものばかりだ。そんなことを考えながらむしっていたらいつの間にか太陽が真上に来ていた。
「セレス様、そろそろお昼時でございます。一度戻りましょう」
時間をそっちのけで雑草取りに夢中になっていたら、背後からファリルさんの声が聞こえた。それにびっくりして軽く尻餅をついてしまった。
「セレス様⁉︎ご無事でございますか!」
尻餅をついた私をファリルさんはとても心配してくれた。
「すいません。大丈夫です。呼びに来てくださりありがとうございます」
私は戻らなくてはいないけれどチマさんに一言挨拶していかなければ。
「チマさん」
私がそう呼ぶとチマさんはハシゴの上からジャンプして目の前に降りてきた。
「どうしました、セレス様。それとチマ、です」
「私は一度戻りますね。また機会があればご一緒させてください。チマ」
「はい!またお願いいたします!」
どうしてこうもさん付けするのを許してくれないのだろうか。私が愛し子だからなのだろうけれど。
「いきましょうかファリル」
「はい、昼食の準備はもうすでにできているのですが、その前にお召し物を取り替えましょうか」
服を取り替えるだけだと思っていたのにお風呂にまで入らされるとは思っていなかった。おかげでだいぶ昼食の時間が過ぎてしまった。きっとラーレさんはもう食べてしまっているだろう。一人で食べよう。
「庭の手入れは楽しかったですか」
食事の間に足を踏み入れるといないと思っていた人からの声がかかった。
「はい、とても楽しかったです」
そう反射的に返事を返したはいいけれど、誰からの問いに答えたかもわかっていなかった。脳の処理が追いついていないまま声の下方向へ目を向けるとやはりそこにはラーレさんがいた。
「なぜラーレさんがここに?」
思った疑問をそのまま口にすればラーレさんも疑問を浮かべたようだった。
「なぜですか?やっと見つけた愛し子ですから時間が許す限りあなたに会いたいからですかね。それにあなたと共に食べる食事の方が美味しいから」
ストレートに表現してくるラーレさんに少しドギマギしながら私は席についた。それを見計らったように次々と料理が運ばれてきた。昨日ほど量は多くないけれど、食べ切れる量ではない。少し食べて残してしまった。
「セレスはあまり食事を取らないのですか」
その様子を見かねたラーレさんが口を開いた。
「そうですね……もとより与えられるものが少なかったのでその量で満足できるように体ができてしまったのだと思います。それに一度毒が入っていたこともあるので食事をすること自体そんなに好きではありません」
あ、毒が入っていたことがあるから食べないって思われちゃったかな。毒が入っているかもと私に疑われていると思ってしまったかな。早く訂正しなきゃ。
「あの、別に皆さんを疑っていたり非難するつもりはなかったんです。ごめんなさい」
なぜか、ラーレさんが私の顔を見て固まってるんだけれど、どうしたらいい?
「ラーレさん?どうしました?余計なことを言って気分を害してしまいましたか?申し訳ありません。罰なら受けます」
どうしよう、こんな私に優しくしてくれた方なのに私のせいで不機嫌になってしまった。やっぱり私ここにいない方がいいんじゃ。私はいるだけでみんなを不幸にしてしまうんじゃ。ごめんなさいごめんなさい。迷惑をかけないよう早くここを出ていくので許してください。
「ごめんなさい、セレス。あなたにそのようなことを言わせるつもりはなかったのです。あなたがいるおかげで私は幸せなんです。だからそのようなこと思わないで?それに私はあなたがいないともう生きていけませんからどうかここにいて?」
混乱した私を優しく宥めてくれたラースさん。どさくさに紛れて何かすごいことを言っているような気がした。その言葉に意識を奪われてしまった。
それに心の中で考えていたことがいつの間にか口に出てしまっていたみたいだった。
「え、あ、あの」
「よかった。いつものセレスに戻ってくれた」
そう安堵したラーレさんの顔がいつもより近くて驚いてしまった。そうだ、私を宥めるためにラーレさんは私のこと抱き寄せるようにしていたんだった。今まで混乱していて気づかなかった。それに気づいた途端、顔に熱が集まったのを感じた。
「らーれさん、ちかいです」
「あ、すみません」
私の動揺がラーレさんにも映ってしまったみたいで、ラーレさんも動揺しているようだった。心なしかラーレさんも耳が赤い気がする。微妙な空気が広がっている。気まずい。
「そうだ、セレス」
「あ、はい」
沈黙が続いた後、ラーレさんが私を呼んだ。まさか話しかけられると思っていなかったので戸惑ってしまった。
「午後には仕立て屋を呼んであります。精霊界の中でもとても評判の良い方を呼んだので腕には問題ないと思います。ファリル、20着は選ぶように」
「かしこまりました」
うん?20着も選ぶの?多くない?そんなあってもいらないでしょ?
「あの、ラーレさん、それは流石に多すぎではないでしょうか」
「そうでしたか?人間界の王妃は100着以上持ってるという話を聞いたことがありますので、これは少なすぎると思っていたのですが……。とりあえずセレスが好きなだけ買っていいですよ」
私はその午後、ファリルと一緒に服を選ぶことになったんだけれど、結局20着仕立てることになりました……。