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彼は何の病なの?

 マークはまだ、買い物から戻っていないという。いずれにせよ、夕食を作るまでに時間がある。


 アントニーは、昼から外出したらしい。


 アナベルのもとに行っているのかもしれないわね。


 自室の窓から外を見ると、今日も太陽がギラギラ輝いている。


 今年の夏は格別に暑い。


 アントニーが何の病なのかを知る術はあるかしら?

 また、彼のことを考えてしまう。


 そうだわ。


 いいことを思いついた。


 パウエル家の執事のブラッド・ラドフォードは、今日は休日。この時間帯なら、アントニーの寝室の掃除もすでに終わっている。


 というわけで、主寝室へと続く扉の前に立った。


 わたしたちが契約結婚である証であるかのように、彼の居室とわたしのいる続き部屋の間には当然壁がある。

 それは、物理的だけでなく精神的にもわたしたちを隔てている。


 扉に耳を当ててみた。


 人の気配はない。


 そっと開けてみた。鍵はかかっていない。そもそも、かける必要がない。実際、この扉を開けることはほとんどない。長椅子やチェストなど、家具類や荷物の搬入などで開けるくらいである。


 もちろん、パウエル家の使用人たちは、わたしたちがこの扉を頻繁に利用していると思っている。すくなくとも、わたしは彼の居室と自分の部屋を行き来していると思い込んでいる。


 扉を開けてみた。「ギギギッ」と軋み音がして驚いてしまった。


 どれだけ開けてないのよ。


 思わず、苦笑してしまった。


 大きなガラス扉から、これでもかというほど陽が射しこんでいる。閉めきったままのムッとした空気の中に、柑橘系のさわやかな香りがほのかに混じっている。


 彼がわたしにアナベルの存在を明かして以降、彼は堂々とコロンを使用するようになった。だから、いまではこのにおいが彼のにおいといってもいい。


 急に胸が苦しくなってきた。一瞬、このムッとした暑さのせいかと思った。あるいは、先日からの体調不良のせいかとも。


「しっかりなさい」


 声に出して自分自身を励ます。


 両手で頬を叩いて気を取り直す。


 それから、目的の為に彼の部屋に入った。



 マークが戻ってきた。


 わたしが頼んだもの以外に、例の「アーチャーの休憩所」のパウンドケーキを買ってきてくれたという。


 夕食作りに入る前に、いただくことにした。


 厨房のテーブルでマークとベッキーとわたしの分をそれぞれ切り分け、アールグレイを淹れ、立ったままで楽しんだ。


「ねえ、マーク。あなたのお姉様、たしかお医者様だったわよね」


 パウンドケーキを堪能したタイミングで切り出してみた。


「はい、奥様。一応、姉は医者をやっています」

「相談したいことがあるんだけど、お願い出来るかしら?」

「ええっ?姉は、街医者ですよ。奥様が受診されるようなものじゃありません」

「奥様、いったいどういうことなのですか?」


 わたしの突然の頼みに驚いたのは、マークだけじゃない。ベッキーも驚いている。


「しーっ」


 口の前に指を一本立て、二人に静かにするようお願いした。


 とはいえ、今日のこの時間は、メイドたちも帰宅している。だから、この屋敷にいるのは三人だけなんだけど。


「ほら、女性特有の体の悩みとか相談とかあるでしょう?」


 ベッキーに同意を求めるように言ってみた。


「ええ、もちろんです」


 案の定、彼女は大きくうなずいて同意してくれた。


「伯父様は名医だけれど、そこはやはり男性だから、話しにくいこともあるのよ」

「よーっくわかります」


 彼女は、またうなずいた。


「というわけなの、マーク」

「は、はあ」


 マークは真っ赤になっている。


 可愛いわね。


 そんな彼を見ると少し癒された。


 ってダメね。わたし、まだそんな年齢じゃないのに。


「わかりました。今夜、さっそく姉に伝えます」

「ありがとう、マーク。それと、このことはアントニー様や他の使用人の人たちには内緒にしてね。心配をかけたくないから」

「も、もちろんです、奥様」


 口止めしておくことも忘れない。


 まぁ、この二人なら口止めしなくってもペラペラしゃべることはないんだけど。それでも、何かの話題で悪気なく口からでてしまうことがあるかもしれない。


 何事も慎重にしておくにこしたことはない。


 


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