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二人の子ども

 やめて、アントニー。


 やりすぎだわ。過剰すぎる。


 いくらなんでも、そんな表情は必要ない。


 これは演技なのよ。そこまで感情移入する必要など、どこにもないわ。


 胸が張り裂けてしまいそう。


 これが演技じゃなかったら……。これが彼の期待通りなのだったら……。


 どれだけよかったことか。


 そこでハッと気がついた。


 わたしは何を言っているの?何を期待しているの?何を望み、何を望んでいないの?


 彼は演技をしているだけ。彼はわたしに何も期待をしていないし、望みもしていない。しいて言うなら、彼の望みはわたしがおとなしく妻の座を退き、それをアナベルに譲ること。


 たった一度の過ちが形になったとしても、彼がそのことで変心することは決してない。彼の気持を、わたしに向けさせることは出来ない。


 彼を得ることなど、到底かなわない。


「アントニー様。伯父様の見立てでは、暑気あたりということです。せっかく薬を調合していただいたのですが、わたしは薬にトラウマがありますので今回は飲んだふりをしておこうと思います。あっ、いまのは伯父様に内緒にして下さいね。そうでないと、伯父様に大目玉を食らってしまいますから」


 途中から、いつものようにおちゃらけてみた。


 自分自身の気持をごまかす為に。


「そ、そうか……」


 すると、彼はやはり過剰な演技を続けた。


 がっくりと肩を落とし、ふらつきながら立ち上がって自分の椅子に座りこんだのである。


 大げさに落胆するいまの演技は、称讃に値する。


「旦那様、そんなに落ち込まないで下さい。すぐにチャンスは巡ってまいりますよ」


 ベッキーの励ましも、彼は自分の演技に陶酔しているのかぼーっとしている。


 そうよ。ベッキーの言う通りだわ。


 アントニー。あなたにはいくらでもチャンスがある。


 アナベルなら、すぐにでもあなたの期待に応えてくれるかもしれない。あなたの希望をかなえてくれるかもしれない。


 アナベルなら、あなたとの子どもを産んでくれる。


 あなたをよろこばせ、あなたにしあわせをあたえてくれるわ。


 落ち込む演技を続けている彼を見ながら、なんとも表現しようのない胸の痛みに耐えなければならなかった。



 パウエル公爵家の人たちって、病弱な家系なのかしら?


 自室の書斎机上に料理本を開け、文字を追っている。


「つもり」というのは、自分では読んでいるつもりだけど、頭の中に入ってこないのである。


 ついついアントニーのことをかんがえてしまっている。


 お義父とう様とお義母かあ様は、病で亡くなった。詳しくは教えてもらっていないけれど、気鬱や倦怠感がずっと続き、体力や精神力をじょじょに蝕んでいく病らしい。

 残念ながら、薬を服用することで進行をじゃっかん遅らせることは出来ても、食い止めることは出来ない。ましてや治る、なんてことも。


 二人は、おなじ病にかかってしまった。治療の甲斐もなく、数年後には亡くなってしまった。


 アントニーもおなじ病なのかしら?


 だとすれば、遺伝的なものなのかしら?


 だけど、お義父とう様のお兄様は元気でいらっしゃる。というか、治す側としてがんばっていらっしゃる。


 一族の遺伝とかではなく、親から子へという感じなのかしら?


 もしもそうだったら、聡明さや性格のよさや美貌を継ぐのはちっとも構わないけど、病まで継ぐなんて気の毒すぎるわ。


 わたしがいる間だけでも、何かしらアントニーの役に立ちたい。


 今日は、お昼以降料理人が休みの日。だから彼の胃にやさしいものを作ろうと、こうして料理本とにらめっこしているつもりでいる。


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