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伯父と対決 2

「きいたかい、ユイ?どうやら、伯父上は希望と絶望を取り違えているようだ」

「ええ、アントニー様。死の宣告は、宣告された者にとっては絶望でしかありません。でも、伯父様がおっしゃりたいのは、絶望をあたえた後に希望をちらつかせてわたしたち患者の心を弄びたかった、という意味で希望をもってもらいたかったとおっしゃったのではないですか?」

「ああ、なるほど。それは最高の弄び方だ」

「いいかげんにしろっ!」


 伯父様は、ついにキレてしまった。


 両肩で息をするほどの大声に、扉の側で控えている執事のブラッドも驚いている。


「わかりました。いいかげんにしておきましょう。伯父上、あなたもそろそろこの場の雰囲気を読んでください。そうすれば、おれたちもくだらない芝居をせずにすみます。時間のムダでもありますしね」

「……」

「なぜ嘘の診断を?なぜ毒を飲ませたのです?父上と母上もですよね?当然、ユイも。クイン伯爵家の財産だけでは物足りないのですか?もしかして、すべての筋書きは、クイン伯爵夫人が立てたものですか?あるいは、その娘が?三人はグルってわけですね」


 アントニーの挑発っぽい問いに、伯父様はけたたましく笑いはじめた。


「あのクソ女どもが?淫乱で強欲でおつむの足りないクソ女どもが、これほど華麗な筋書きが描けるものか。そうだ。すべてわたしだ。どれほど時間をかけたか。神経と気を遣ったか。これもすべて、パウエル公爵家をわたしが継ぐためだ。わたしこそが、公爵家の正統な後継者なのだからな」


 驚きすぎて口がぽっかり開いてしまった。


 伯父様。いろいろツッコみたいけれど、まずはこんなにあっさり白状しちゃうのね、って言わせてください。


 わたしの隣で、アントニーも形のいい唇をあんぐりと開けている。


 彼もまた、伯父様がこんなにあっさりくっきりすっきり白状するなんて思ってもいなかったに違いない。


「では、伯父上。父上や母上の死も、あなたのその華麗な筋書きによるものだと認めるのですね」

「華麗以上のものだった。あんなにあっさり逝ってくれるとはな。名医ともなると、言葉一つで患者をいいように操れるんだ。『おまえはもう死ぬぞ』といえば、すっかり信じてしまう。心がそうなれば、ちょっとした毒草でも劇薬以上の効果をもたらせてくれる。アントニー、おまえのように……、グワッ!」

「アントニー様っ!」

「旦那様っ!」


 ろくでなし以下の伯父様は、クソ・・みたいな持論を最後まで言いきることが出来なかった。


 なぜなら、アントニーが思いっきり殴り飛ばしたからである。


 ブラッドとわたしは、思わず彼の名を呼んでしまった。だけど、彼を止めるつもりはない。


 殴る、という暴力を先に起こしたのがアントニーだったというわけである。わたしは、彼に先を越されて伯父様を殴り損ねただけである。


 それにしても、アントニーがこれほど殴るのが上手だとは思わなかった。


 殴るのが上手?


 自分の表現に自分で笑ってしまった。


 伯父様は、思いっきりふっ飛んで大理石の床に倒れている。


 アントニーは、その伯父様のところまで駆け寄った。それから、左手で伯父様の胸元をつかむと無理矢理起こして宙に浮かせ始めた。


 アントニーより伯父様の方がはるかに体格がいい。それなのに、アントニーは軽々と伯父様を宙に浮かせている。


「医師のくせに人の命を弄ぶのか?人の命を愚弄し、簡単に奪うのか?」


 いままできいたことのないようなアントニーの声は、ぞっとするほど低い。まるで獰猛な肉食獣のうなり声である。


「貴様には何を言っても響かんだろう?」


 アントニーは、右の拳を頭上に振り上げた。一方、伯父様は気絶しているふりでもしているのかしら。ぐったりしている。


「アントニー様」


 さすがに、これ以上暴力をふるえばマズいかもしれない。それに、だとえどんな事情があっても暴力はよくない。


 最初の一発で、アントニーはわたしたちの気持ちの代弁をしてくれた。


 それで充分でしょう。


「アントニー様、もうやめてください」


 彼に近づくと、すがりつくようにして止めた。


 もしかしたら、「怒りにわれを忘れて」的に振り払われるとか怒鳴られるかもしれない。それでもいいと思った。

 肉体的に傷ついたとしても、精神的に傷を負うよりかはずっとずっとマシである。


「ぜったいに許せない。父上と母上のこと以上に、ユイの命まで奪おうとしたなどと……。許されるべきことじゃない。妻の、最愛の女性ひとの命を奪おうと……」


 彼の右腕にすがりつくようにしておさえているので、彼の右拳は居間の天井に突き上げられたままの状態になっている。


 その右拳は、一目見てブルブルと震えているのがわかる。


 彼の苦しそうに発せられた言葉に、彼の右腕をつかむ手を思わずはなしてしまいそうになった。




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