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「ユイの家族はおれだけだ」

「あの、アントニー様……」


 アントニーの横顔に問いかけずにはいられない。


 彼が歩を止めたので、わたしも立ち止まった。


「ユイ。今日はおたがいにハードな一日だった。だろう?」


 たしかに、今日はいろいろな意味でハードだった。


「すまない。きみにイヤな思いをさせてしまった。詳しくは伯父上、ああ、おれの方の伯父上のことだけど、そのことが解決したら話をする。それでいいかい?」

「はい」


 わたしの実家のことで、彼が何かしら動いてくれたことは確かである。詳しい事情はわからないけれど、さきほどのやり取りからわたしを守る為に動いてくれたということはわかる。


 だから、素直に彼に従うことにした。


 それよりも、わたしにとって重要な、いえ、大切な言葉があった。


「ユイの家族はおれだけだ」


 彼のこの言葉は、正直なところわたしの胸を痛めた。


 それは、あくまでも叔父と叔母と従姉に対しての虚勢である。彼の本心ではないことはわかっている。


 わかっているけれど、それでも胸が痛くなるほどうれしかった。


 同時に言いたくなった。


 わたしたちの子どももいるわよ、と。


 そう。これからは、彼はアナベルと彼とわたしの子どもが家族になる。


 そうだわ。彼の子どもだけは無事に出産しなければ。そして、彼とアナベルに託し、わたしは二人の前から永遠に去ればいい。


 アナベルは、自分が産んだ子どもでなくても可愛がってくれるかしら。自分の子どもが産まれたら、よくあるように彼とわたしの子どもを虐げてしまうかしら。


 もしかして、アントニー自身愛してもいないわたしとの子を必要としないかしら。


 彼は愛してもいない、いわば事故で生まれた子どもを家族とは認めないかもしれないわ。


 完全に独りよがりだわ。わたしだけが、彼の子どもだから彼もよろこぶと思い込んでいる。期待している。


 彼がわたしと同じ気持ちだとは、決して言えないのに。


「ユイ、大丈夫かい?」


 彼が手をさすってくれている。


「ああ、ご、ごめんなさい。お腹がすきすぎてボーッとしていたわ」


 不安を隠し、いつものように笑顔で冗談を言った。


「ユイ、きみはさすがだよ。こんなときでも食欲旺盛なんだから。だからこそ、おれもきみといっしょにいて落ち着けるんだ。さあ、モーリスの夕食が冷えてしまう。腹一杯食って、明日に備えよう」

「アントニー様、冗談にきまっているじゃありませんか。わたしのガラスのハートは、不安でひび割れています」


 本心を冗談っぽく返すと、彼は爽やかな笑声を上げた。


 とはいえ、夕食は美味しくいただいた。


 きっと二人分の栄養が必要だからに違いない。


 アントニーが目を丸くして「だから言っただろう?」と呆れかえるほど、食べてしまった。


 食べている間は不安がなくなるから、という言い訳もしない。


 ただの大食い、というだけのことよね。



 翌朝、マークに伯父様を呼びに行ってもらった。


 アントニーがクイン伯爵家を訪れることになっていたけれど、それはあくまでも伯父様が勝手に決めたこと。今朝は調子があまりよくないので往診に来てもらうよう、マークに迎えに行ってもらった。


 舞台は、慣れ親しんだパウエル公爵家の屋敷の方がずっといい。




 執事のブラッドに案内され、伯父様が居間に入ってきた。


 アントニーとともに、扉のところで出迎えた。


 アントニーが伯父様に長椅子に座るよう促し、わたしはアントニーと並んで座った。


 そのタイミングで、ベッキーが紅茶を持って来てくれた。


 紅茶、だけである。


 いかなるスイーツもない。


「伯父上、わざわざ申し訳ありません」

「調子が悪いとか?」


 伯父様は、丸メガネを指先で軽く上げた。


 知的な美貌は、ともすれば冷たく感じられる。片方のピアスが、そんな知的な顔立ちに違和感をあたえている。


「いいえ」


 アントニーは美貌を横にふった。それから、紅茶を一口飲んだ。



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