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屋敷へ急げ

 アントニーを急いで診てもらわねばならない。


 マークにはそのように伝えている。


 だから、馬車は行きよりかはずっと速く馬車道を駆けている。が、出せる速度にも限界がある。


 行きとは違い、気が焦って仕方がない。同時に、いろいろなことをかんがえてしまう。


 亡くなった義父母の病の詳細。それから、アントニーの病の詳細。

 まったく知らされていないのは、どうかんがえても不自然すぎる。


 一応、わたしは彼らにとって妻であり義理の娘である。いまのところは、だけど。それはともかく、まったくの赤の他人というわけではない。


 いくら医師と患者の間に守秘義務があろうとも、死ぬ可能性のあるような大病のことは近親者に伝えて然るべきじゃないかしら。

 逆に、患者本人には「大丈夫。きっと治るよ」と真実は告げずに励ますんじゃないの?


 すくなくとも、小説の中の医師の多くはそうしている。


 先日、伯父様にアントニーの病のことを尋ねたときに違和感を覚えた。


 もしかすると、小説などのような創作の世界と比較して、伯父様の対応にもやもやしたものを感じたのかもしれない。


 毒殺……。


 いえ、厳密には違うわね。じょじょに殺していく、というのかしら。体の具合を悪くしてしまうのかしら。


 おそらく、カーリーの推測は推測じゃない。


 なぜなら、アントニーが伯父様の薬を服用するのを止めてから、調子がよくなっている。肉体的にも精神的にも。


 それが、何よりの証拠にならないかしら。


 では、伯父様はどうしてこんなことをするの?


 当然の疑問がわいてくる。


 窓外に流れてゆく街の景色は、いつもと違って現れてはあっという間に消えてゆく。


 マークは、それほど馬たちを急かしてくれているのね。


 貴族たちの馬車が街を移動する際、全速力で突っ走るいうことはほとんどない。わたしは、どんな時間だってちゃんと守りたい派だけど、多くの貴族たちは約束の時間などは守らず、遅れてゆくのが当たり前だと思っている。だから、いつだって馬車はゆっくりと走っている。


 でも、今日は違う。今日は、いつもと違うのよ。


 二頭の馬もがんばってくれていることはわかっている。それでも気が急いてしまう。


 同時に、伯父様のこともあれやこれやとかんがえてしまう。


 お義父とう様とお義母かあ様。そして、アントニー。


 そうだわ。まだいるわね。わたしともう一人。一人って表現していいのかしら?


 アントニーとわたしの子ども……。


 伯父様は、パウエル公爵家をどうにかしようとしているのかしら?


 伯父様は、わたしが知るかぎりでは本来継ぐはずだったパウエル公爵家嗣子としての座を追われた。パウエル公爵家は、弟であるアントニーのお父様、つまりお義父とう様が継いだ。それは、若い時分から伯父様の素行が悪かったからである。だけど、兄が弟に当主の座を奪われるとなると口惜しかったり腹立たしかったりするわよね。


 もしかして、ミステリー小説そのままの展開?


 だとすれば、そこにあらたな登場人物が出てきたとしら?


 現パウエル公爵家当主の愛人アナベル。


 アントニーがさっさとアナベルと結婚し、すぐにでも懐妊すれば?


 伯父様は、アナベルとその胎児をも殺そうとするのかしら?


 いや、ぜったいにそうするわよね。


 伯父様の真の目的が、パウエル公爵家のっとりなのだとしたら……。


「奥様っ」


 馭者台からマークに呼ばれ、思考を中断した。


 馬車は、すでにパウエル公爵家の門をくぐっている。


 窓からわずかに顔を出すと、玄関ポーチに一台の馬車が停まっている。ちょうど馬車の扉が開き、スーツ姿の男性が降り立ったところである。


 パウエル公爵家の執事のブラッド・ラドフォードが出迎えている。


「奥様、クイン伯爵家の馬車ですよ」


 マークに言われ、目を細めて見てみた。


 たしかに、馭者台の上部に二匹の蛇が絡み合っている紋章が刻まれている。


 どうしてそんな趣味の悪い、もとい、奇抜な紋章にしたのか、初代クイン伯爵家の当主にきいてみたいわ。


 って、そんなことはどうでもいいわよね。


 マズいじゃない。


 一番会ってはならない人が、いままさにアントニーに会おうとしている。


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[一言] |馭者台の上部に二匹の蛇が絡み合っている紋章が刻まれている。 | | どうしてそんな趣味の悪い、もとい、奇抜な紋章にしたのか、初代クイン伯爵家の当主にきいてみたいわ。 それ、たぶん、お医者…
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