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アントニーとわたしの間柄

「奥様。『アーチャーの休憩所』の喫茶室が、来月再オープンするらしいですよ」


 メイドのベッキーは、部屋に入ってくるなり報告してくれた。


 彼女は、わたしより三歳年長である。彼女の母親もまた、このパウエル公爵家でメイドをしていた。


 夫のアントニーと幼馴染のわたしは、幼い頃からパウエル公爵家の屋敷にいりびたっていた。とくに両親が亡くなり、後見人として叔父のトーマスと叔母のカーラ、そしてその二人の娘のダリアがアルフォード伯爵家の屋敷に乗り込んできて以降は、よりいっそうパウエル公爵家にいることが多くなった。


 アントニーの亡くなったご両親も使用人たちも、わたしを可愛がってくれた。だから、居心地がよかった。


 自分の屋敷に帰るとロクなことがない。


 叔父たちは、わたしを邪険にした。精神的にも肉体的にも、これでもかこれでもかというほど痛めつけた。

 

 わたしは、いつも傷ついていた。そして、疲れ果てていた。


 だから、パウエル公爵家がほんとうの家だと思っている。


 アントニーと亡くなったご両親こそ、ほんとうの家族のように思っている。


 アントニーには、双子のお兄様とお姉様がいるはずだった。だけど、彼らがまだ六歳のときに高熱が出て死んでしまった。そのとき、アントニーもわたしもまだ幼すぎてよくわからなかった。


 そういう事情もあり、ご両親はわたしをアントニーとかわらず可愛がってくれたのかもしれない。


 そのアントニーのご両親も、しばらく前にあいついで亡くなってしまった。


 出来れば、わたしたちの子ども、つまり孫を抱かせてあげたかった。


 そのことを後悔している。アントニーがわたしを愛していなくっても、せめて子どもだけは作った方がよかったのかしら。


 ご両親。いいえ、お義父とう様とお義母かあ様に安心してもらいたかった。よろこんでもらいたかった。


 お二人ともわたしにプレッシャーをかけまいと、いっさいそんなことはおっしゃらなかった。だけど、期待はしていたはずである。


 だけど、やはり子どもを産まなくってよかったのかもしれない。だって、産まれてきた子は母を失ってしまうのだから。


 アントニーがほんとうに愛しているアナベルという名のご令嬢は、彼とわたしの間の子を可愛がってくれるかどうかわからない。


 だから、子どもがいなくってよかったのかもしれない。


 いずれにせよ、わたしに子どもは出来ない。


 契約結婚でよかったのよ。


 わたしには将来さきがない。だけど、アントニーにはそれがある。


 親どうしが交わした結婚の約束。でも、アントニーには愛している女性がいる。当然、それはわたしじゃない。

 一人息子で責任感が強く、なにより家族思いの彼である。


 彼には両親の希望に添わない、などという選択肢はない。だから、最初に宣告された。


「ユイ、悪いがおれはきみを愛していない。もちろん、幼馴染としては嫌いじゃないと思っている。だけど、おれには心から愛している人がいる。だが、両親の希望をかなえないわけにはいかない。だから、契約結婚してほしい。当然、おれたちの間に子どもが出来るわけがない。きみが子どもを産めない、という理由で離縁することが出来るだろう。パウエル公爵家の存続の為にも、両親も納得してくれるはずだ」


 そんなふうに。


 たしかに、わたしたちの間に何もなければ子どもが出来るわけがない。



 昨夜からそんなことを悶々とかんがえている。


 夜が明けた時点で、眠ることを諦めた。


 寝台から起き上がり、ガラス扉を開けてテラスで冷気を含んだ空気を思いっきり吸いこんだ。朝陽を全身に浴びる。


 そんなとき、メイドのベッキーが元気よく部屋に入ってきたのである。


 三歳年長の彼女とも、幼い頃から仲良くしている。


 彼女は、わたしなんかよりずっと頭がよくって機転がきいてやさしい。赤毛のおさげがチャームポイントで、はにかんだ笑みは最高にキュートなのよね。


 わたしのお姉さん的存在。それが、彼女である。


「来月?来月のいつかしら?」


「アーチャーの休憩所」は、この王都でも指折りのスイーツの人気店である。現在は喫茶室を改装中で、お持ちかえりだけ営業している。


「来月の中頃以降らしいです。奥様、再オープンしたら一番のりなさらないと。詳しいことがわかったら、すぐにお知らせしますね」

「ええ、お願いね」


 残念ながら、中頃以降だったらもうパウエル公爵家の屋敷にはいない。


 それまでにはアントニーに離縁され、ここから追いだされるでしょうから。


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