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検査

 カーリーにいろいろ尋ねられた。


 伯父には尋ねられなかったこともたくさん尋ねられた。


 質問攻めが終った後、棒状の物を渡された。


 トイレに行き、それに尿をかけろと言われた。


 当然、その通りにした。


 胸騒ぎというか不安というか、なんとも形容のしがたい気持ちを抱きつつ。


 トイレから診察室に戻ると、彼女に新たな紅茶を勧められた。


 長椅子に戻って紅茶を飲みはじめると、彼女は席をはずした。


 彼女が戻ってくるまでの間、頭の中でいろいろなことをかんがえたり想像をしてしまっていた。


 心当たりがないわけではない。


 一度だけ、たった一度だけ過ちを犯してしまった。


 過ち?


 おかしな表現だと、自分で苦笑した。


 厳密には過ちではない。過ちどころか、通常はそうあって然るべき相手との行為である。それが自然な関係であり流れである。


 だけど、わたしたちは通常の関係ではない。だから、社会的にも倫理的にも過ちではない。しかし、わたしたちの中では過ちに類する。


 それにしても、あのたった一度のことで?


 緊張と不安でおしつぶされそうである。


 アントニーの相談に来たつもりなのに、とんでもないことになってしまった。


 いまさらながら、ここに来たことを後悔し始めている。


「奥様、お待たせいたしました」


 そして、カーリーが戻ってきた。


 胸の中で心臓が大きく弾んでいる。


 それは、いまにも止まってしまいそうである。


 気を奮い立たせ、診察用の椅子へ移動しようとした。が、彼女は長椅子に留まるよう手で示し、自分も向かい側の長椅子に腰をおろした。


 ローテーブルをはさみ、彼女と無言で見つめ合う。


 診察室の三方の壁に窓があり、そのすべてが解放されている。廊下側の扉は閉ざされているけれど、三方の窓から入ってくる風が心地いい。頭上には羽根つきのランプがあって、回転して室内の空気を循環させている。


 外は暑いでしょう。だけど、ここはとっても涼しくてすごしやすい。


 それなのに、汗が背中を伝うのを感じる。そして、額にもそれが浮かんでいるのを感じる。


 暑くないのに……。


「あの、奥様……」

「あ、ユイと呼んでください」


 何か言いかけたカーリーに、いまさらそんなことをお願いしてしまった。


 彼女の邪魔をするかのように。いまから彼女に告げられるであろう言葉をききたくなくて、時間稼ぎをするかのように。


「では、ユイ。わたしのことも、カーリーと呼んでください」


 カーリーの美しい顔に、やわらかい笑みが浮かんだ。


 ふと、彼女は従姉のダリアと同じくらいの年齢か少し年下かな、とかんがえた。


 両親が亡くなり、アルフォード伯爵家の屋敷に乗り込んできた。叔父夫婦と従姉。


 叔父は、素行が悪すぎた。だから、屋敷を追いだされてしまった。その直後、亡くなった父が伯爵家を継いだ。


 彼らにアルフォード家を乗っ取られ、わたしはすべてを失った。自分自身の居場所すら。


 オールストン王国でも名誉ある伯爵家の一つであるアルフォード家は、すでに没落してしまっている。使用人たちの多くも辞めてしまった。


 爵位を剥奪されるのも、そう遠くない時期でしょう。


 そこまで落ちてしまっている。


 もう間もなく、屋敷や土地を売らねばならなくなるかもしれない。


 居場所を失った叔父たちがどこに行こうが、正直なところ知ったことではない。


 叔父たちは、何もかもなくなれば、衣食住のことだけでなく、お金を融通してくれとパウエル公爵家を頼って来るのは目に見えている。


 そうね。それもわたしが離縁されれば問題ないわよね。


 離縁されれば、わたしがパウエル公爵家と関係なくなるのはいうまでもない。ということは、当然パウエル公爵家とアルフォード伯爵家も関係がなくなる。


 たとえ厚顔無恥で非常識な叔父たちが姪の嫁ぎ先だった屋敷を訪ねたところで、アントニーは彼らをほっぽりだしてしまうでしょう。


 唯一の慰めは、アルフォード伯爵家は代々王都で宮仕えをする宮廷貴族である。だから、領地を所有していないことである。


 領地があったら、そこで暮らす多くの領民たちに迷惑や苦労をかけることになったに違いない。


 没落しても、わたしや叔父たちが苦労するだけですむ。


「ユイ、どうしました?大丈夫ですか」

「え、ええ、カーリー。大丈夫です」


 カーリーは、一つうなずいてから優雅に足を組んだ。

 白衣がよく似合っている、といまさらながら感心する。


「ユイ。もしも不快に思ったら、すぐに言ってください。公爵閣下と何かあるんですか?」


 いまの問いは、けっして詰問口調ではなかった。ましてや、好奇心的に尋ねているわけでもなかった。彼女の美貌には、心配げな表情が浮かんでいる。


 だからこそ、すべてを見透かされているようでドキッとした。


 彼女は、アントニーとわたしのほんとうの関係を知っているような錯覚に陥った。


 落ち着きなさい、わたし。


 大丈夫。カーリーは味方よ。はじめて会ってほんの少ししか話をしていないのに、まるで昔からの親友のような安心感がある。


 ここまで相談にのってもらっているんだし、ある程度のことを話して彼女に助言を求めてもいいわよね。


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