第六話 朽ちる運命
謎の男が短剣を取り出し向かってくる。俺は取り敢えず後退りして距離を開け護身用ナイフを取り出して少しでも対応しようと試みる。
「君は随分と危ないものを持っているんですね。ダメですよ人に刃先を向けたりなんかしたら」
「どの口が言ってやがる……」
「ハハハ、そう言われたら言い返せないです」
俺を小馬鹿にするような言い方をしながらもこの男は短剣片手に俺に向かって歩いてくる。それに対して俺は常に距離を取り続ける。それの膠着状態が数分続いた後にあの男が立ち止まりようやく口を開いた。
「私も時間がないのでね。子供の遊びに付き合ってる暇は無いんですよ。そろそろ終わりにしましょうか」
そう言ってこの男は目を細め口角を上げ走り出した。身長は低いと言っても相手は大人だ。子供の俺とは体格から全く異なるため、馬鹿正直に逃げたとしてもおそらく追いつかれるのがオチだろう。ならば、助けが来る時間を稼ぐしかない
「悪いな。ちょっと借りさせてもらう」
俺は広場を来た道を戻るように出た後、すぐそこにある家に逃げ込んだ。もちろん村人があの現場に集まっているから誰もいない家だ。褒められた事じゃないが背に腹は変えられねぇ!この中に隠れれば多少の時間は稼げるはず。そう踏んでいたのだが
「家の中に逃げ込むとはなかなかに小賢しいガキですね。正直放っておいても良いんですが、癪なので一瞬で潰してあげますよ」
『元能•腐食 木枯!」
あの男の声が外から聞こえる。何らかの加護を使ったのか?それに腐食って……まさか!!
「この技は私の触れたものを侵食し、朽ちさせることが出来ます。対象は非生物のみですが、生物が対象の技もあるんです。すなわち全てを腐らせることが可能というわけです!そしてこの家を腐らせることだって容易なわけですね!」
早くここから出なければ……だが玄関前には奴がいる。他の出入り口は何か無いかと探ってみると、キッチンの勝手口を発見出来た。
「これは……使えるかもしれない。ってやべぇ!壁がもう腐ってやがる!急いで出ないと生き埋めになっちまうな……」
建物が腐って倒壊する前に勝手口から出た俺はすんでのところで生き埋めを回避した。だがあの男は瓦礫の上を先ほどと変わらず走ってくる。
「本当に癪ですね。あのまま逃げ遅れていれば瓦礫の中から引き摺り出して無様に殺してあげたのに。ですがもう逃がしませんよ!」
「それはどうかな!」
そして俺は持っていた護身用ナイフをあの男に向かって投げ付ける。だが投げたナイフは顔を横にズラして回避され後方に落ちる。
「チッ……動体視力もあるのかよ」
「舐められたものですね。当たると思っていたんですか?だとしたら私が教育してあげますよ。世の中はそんなに甘くないということをね!」
まずいな……このままだとジリ貧になってしまう。何か策は無いか…?!今回は隣の家に逃げ込む程の距離は無い。辿り着く前に追い付かれて殺されるのがオチだ。ならば……
「そのナイフは実は爆弾なんだ!範囲はここら辺一体が吹き飛ぶレベルだぜ。それも爆発まで後30秒もないからな。俺を殺してたら逃げ遅れちまうぜ」
「ははは、面白い冗談です。そんなこと信じれる訳がないでしょう。ですが……私は君のその勇気に敬意を払ってこのナイフを腐らせてあげますよ」
『元能•腐食 鈍!』
そう言ってあの男はナイフを拾い腐らせる。しかし腐らせる物質によって時間には差があるらしい。先程の家は木造のため腐らせるのに時間はかかっていなかったが、今回は金属なので話は別だ。
「やはり金属は時間がかかりますね。君はこの間に逃げるのでしょう?良いですよ。すぐにこれを腐らせて殺してあげますからね……フフフ」
そう言ってあの男は妖しい笑みを浮かべる。これが俗に言う舐めプってやつか。だが今はそれにすら感謝しないと。
「なら、お言葉に甘えさせてもらうぜ」
腐ってしまった家の庭の柵を飛び越え再び道に出る。だがあの男もすぐに後ろから追ってくるだろう。急いで広場の方面か人集りの方面どちらに行くか決めなければならない。だが迷ってる暇はない
「あれ、まだそこにいるんですか?すぐに殺してあげますよ!」
「まずい……!」
あの加護は危険すぎる……皆に近付けさせては被害がさらに拡大してしまうだろう。それに腐らせる物が少ない開けた土地が安全と踏んだ俺は再び広場に向かって走り出す。
「またそっちに行くのですか?さっきと状況が全く変わってませんよ。それに君にはもう武器が無い。勝ち目などないのです。今投降すれば楽に殺してあげますよ」
「そんなのこっちから願い下げだ!」
「まぁ良いでしょう。仏の顔も三度までですからね……既に私は2回も君を逃している。次はありませんからね」
広場に来たは良いものの次の手はどうする……?どうやって切り抜ける……?あの男はもう許してはくれないだろう。いや、1分1秒でも良い。俺が時間を稼がなければ……!
「もう終わりにしましょうか。君はよく戦いました。誇って良いですよ。相手が私だったのが運の尽きだった。ただそれだけのことです」
そうして男は近付いてくる。俺は出来るだけ広場の中を逃げるが徐々に距離が詰められていってるのは誰が見ても明白だった。ああ、俺このまま死ぬのか……女神様に顔向け出来ないな……
「あ……」
そして俺は転んでしまった。重心の安定していない子供の体なら転ぶことだってそう珍しくはないだろう。起き上がれば良いだけだ。それだけの話なのに。もう、起き上がる気力すら……
「じゃあ、さようなら」
本当に無様な最期だぜ……俺はもう……
「ハイドー!!!」
「ん?誰でしょう。あのうるさいガキは」
誰かが俺の名を呼ぶ。そのいつも聞き慣れている気の抜けた声とは違う、叫ぶような声は……
「シーオ……」
「ガキが1人増えようが関係ありません。むしろ手間が省けました」
「ハイドに手を出したらただじゃおかないからね!変なおじさん!」
な、何故シーオがここに……
「シーオ!危ないから今すぐ離れろ!」
「やだ!ハイドを助けるために来たんだもん!」
こうなるとシーオは意地でも自分の意見を通す。それに猫の手の借りたい今の状況ではそんなことも言ってられない。
「舐めるなよガキ共……子供が大人に勝てるわけないことを教えてやるよ!」
「シーオ!こうなったら俺達であいつをやるしかないな!」
「うん!私とハイドなら絶対勝てるよ!」
『『2人であいつを倒す!!』』
それは思いが。心が。俺達の中で1つになった瞬間だった。
カガクノジカン
【リチウム:Li】
原子番号3のアルカリ金属元素。銀白色なためリチウムの加護を有するリッチは銀白色の髪色をしている(どうでも良い)
アルカリ金属は水素以外の第1族(周期表の左端の縦1列)に属する。特徴としては陽イオンになりやすく反応性に富むため自然界には単体として存在せず、酸化もしやすい。
そのためリチウムは電池として使用した際には高出力で充電効率も良いリチウムイオン電池などに使われている。
そしてリチウムには腐食性があり、長時間曝露(有害物質や病原菌にさらされること)されると危険。