第五話 父として
「オラァァ!!」
ヘリムが叫びながら短剣片手に切り掛かってくるが動きはそこまで速くないので簡単に右に避ける。
「しっかし酷い体勢だな……攻める事しか考えてないから外した時に隙が出来るんだよ。こんな風にな!」
避けた直後にヘリムの右胸の辺りを蹴飛ばしカウンターを決める。ヘリムはお腹を天に向けるように倒れ、持っていた短剣は5メートルほど後方に飛んでしまったようだ。ヘリムが起きる前にあの短剣を回収しなければ……と短剣の場所まで走り出そうとした時
「なっ……」
倒れている筈のヘリムがあり得ないスピードで起き上がり短剣の場所まで……いや、まるで寝ている状態で移動する動きをした。何故ならあいつは……
『元能•浮遊 浮浪者の翼!』
浮いているんだから……
「ヘヘヘ……驚いたか?まぁ無理もねぇよな!この技は俺の体重と空気以外の触れている物質を空気よりも軽くすることで浮遊を実現させてんだ。ただそれだと無制限に上まで浮いてしまうだろ?まっ、そうならない為にちゃあんと自分で制限を設けてんだがな。ここまでしっかりと説明してやったんだ。どうせ俺の加護が何か察しただろう」
「あぁ……ヘリウムの加護だな」
「まぁ理解したところでお前に勝ち目はねぇけどな!」
こいつは今地面から俺の届かない3.4メートルくらいのところに浮いている。そしてさっきの口ぶりからこれ以上はそう飛べない筈だ。まぁ本当ならの話だがな。あれが嘘の可能性も考慮して一撃で仕留めるための策は何かないか……
「何ボーッと突っ立ってんだぁ?来ないならこっちから言っちゃうぜ?」
あれ、そういやあいつは自分の体重を空気よりも軽くしているって言ってたな……てことは相当衝撃には打たれ弱い筈……重いものほど衝突のエネルギーは大きくなるからだ。しかもあの状態になった以上俺に直接剣撃を浴びせても剣に重さが無いのなら致命傷にはならない。その隙にカウンターすれば……!
「良いぜ来いよ。お前の一撃を受けてやる」
「ヘヘヘ……何の真似かは知らねぇが強がりならやめておけよ?死ぬからな!」
そうして猛スピードで飛んでくるヘリム。軽い分相当スピードが出たのだろう。予想
を凌駕してくる速度で飛んできた為に俺は避けるしか無かった。だが回避に徹したおかげでダメージは負わない筈、そう思って居たのに
「い、痛い……?」
一瞬何が起きたのか理解が出来なかったが、左頬が痛むので手で触れてみると指先には血が付いていた。
「これは結構深いな、1センチくらいか……」
それにしても何故俺が斬撃を喰らっているのだと疑問に思っていると20メートル程先で短剣を拾うヘリムの姿が見えた。あの野郎まさか、俺が避けた瞬間に短剣を投げたのか?あいつの手から離れた物は元の重さに戻ると言うことは本来あり得ない超スピードの斬撃になるということか……!まずいな、あの加護想像以上に厄介だ!
「チッ、掠ったか」
「なかなか効いたぜ今の一撃は。お陰でここが戦場だと再認識した。感謝するぜ」
「馬鹿にしてんのか……」
「別に馬鹿になんてしてないさ。これでも俺なりにお前の実力を認めてるんだぜ?だからこそ本当に惜しいと思っている……お前を殺す気で戦わなければならないことに……」
「お前のそういう所が気に食わねぇんだ!常に自信に満ち溢れて、絶望に屈しない。俺とは全く正反対の光のようなお前がな!」
「俺が光だと……?ふざけんな!俺は自分の子供1人ですら悩ませてしまうダメな親なんだ……だからこそ、あいつに良い背中見せないと俺は父親失格だ。ダサいなら好きなだけ笑え。これが父として俺が出来る唯一の格好付けなんだからな!」
そう言って俺は左頬の痛みなど気にも留めずあいつに向かって走り出す。距離は10メートル。それを僅か1秒程で埋める。あいつに俺の本気の拳を喰らわせる……というのは端から期待などしていない。予想通り浮遊して回避してきた。俺の本当の狙いは……!
「ひゃははは!考えもなしに突っ込んで来るなんてただの大馬鹿者じゃねぇか!俺はそこまでノロマじゃねぇよ!大口叩いてそれか……ってそれは……ガァ"ァ"」
俺の拳はあいつではなく初めからあいつの傍にあった石を狙っていた。爆速で石を拾いあいつの胸部に投げつけてやった。それにあいつは対応できず、重さを殆ど捨てていたために石が貫通するほどの大ダメージとなった。
「これは正直……賭けだった。お前に触れている物が触れている物の重さまでも軽く出来るのならば、ここまでの傷にはなり得なかった。お前の体は既に服が触れているから、服に触れたとしても石の威力はそのままにお前を貫いたってことだ」
「あ……あ……そんな……ことが……あって……たまるか……ぁ……」
「悪いが慈悲はない。最初に言っただろう。俺を怒らせたらただでは済まないと。お前の敗因は自分の加護に酔ったことだ。己の罪をしっかり反省するんだな」
「……っ」
ヘリムは喋らなくなった。間違いなく致命傷だった。留めを刺す必要も無いだろう。
「はぁ、どっと疲れちまったな」
とりあえずこれで一件落着かと安堵していると、家の中に隠れるように言っていたメリスが出て俺に声を掛ける。
「ちょ、ちょっとあなた……大丈夫なの?」
「あぁ、大丈夫だメリス。俺はハイド達を探してくるから家で待っていてくれ」
ハイド達と言うのはハイドの他にシーオちゃんやそのご両親も含まれている。なんたって家族ぐるみの付き合いだからな。そんな事を考えながら歩き出した瞬間
パァン!
という何かが破裂するような爆発音と共に聞こえてきた。そしてある声が俺の鼓膜を微かに揺らした。
「た、助け……て……」
その声の主が誰かを理解した瞬間に、俺は走り出す。
「ハイドォォォ!!」
カガクノジカン
【ヘリウム:He】
原子番号2の貴ガス元素。令和3年の教科書から希ガスではなく貴ガスとなったらしい。
貴ガス元素は第18続(周期表の1番右の縦列)であり、安定した核を持っているのが特徴だ。そんな貴ガスの中で存在量が1番多いのがこのヘリウムで全元素中でも水素に次いで2番目に多い。
化合物は報告されておらず沸点も全元素中で最も低い。空気よりも軽く燃えないため飛行船などにも使われる。以前は水素を使っていたが大規模な爆発事故が起きたために現在はヘリウムが使われている。
また、ヘリウムといえば吸うと声が高くなると言うがあれはヘリウムが空気よりも音を速く伝えるために声の振動数が多くなり高くなるという仕組みになっている。