第三話 不穏
「はぁ……こんな辺鄙なところにある村なんてたかが知れてるでしょう。水素の加護者を殺して番いを集めてこいとか何とか言ってましたが……一体上は何を考えてるんだか」
私は組織からの命令でこの先にあるデーレとかいう小さな村を滅ぼすためにここまで来たのですが……
「はぁ……私の序列が1番下だから面倒ごとばかり押し付けられるのでしょうか。まぁ良いでしょう。さっさと終わらせて……ん?」
私は今街道から外れた脇の森の中を歩いているのですが……誰かいますね。まずはあの方から仕留めますか。そう思い気配を殺して近づいてみるとそこには肥満体型で20歳前後に見えるが老け顔の男が立っていた。特段何かをするような素振りも見せないので一先ず話しかける事にしましょうか。
「こんにちは。ここで何をされているのでしょうか」
「あん?この辺じゃ見ねぇ顔だな。まずはてめぇの方から名乗れ」
「これは失礼。私はリッチと申します。この先にあるデーレという村はご存知でしょうか?」
「ご存知も何もそこの住人だがな。まぁ全員俺のことなんて嫌いだろうしどうでも良いね。今もこうして鼻につくガキのお遊びを邪魔してやろうとここにいるわけ」
なるほど……使えそうですね。反抗するなら殺せば良いだけですし。これ幸いと私は素早くこの男の首に短剣を突き付ける。
「……あ?」
「大きな声出さないでくださいね。今の状況くらいは理解出来るでしょう?あなた、私の目的に協力する気はないですか?」
「……っ」
「なに、簡単な事です。デーレの住人を殺せば良いだけ。どうせ嫌われてるのなら出来るでしょう?」
「チッ……詳しく聞かせろ」
「協力するのならこの短剣はくれてやりますよ。だがもし反抗の素振りを見せたのなら……」
『元能•腐食 朽木の死肢!』
そこにいた蛇を捕まえ、頭より下を掴んでこの男の目の前に突き出し、そう言うと掴んだ部分から蛇は朽ちていき、10秒ほどで完全に腐敗した。これを見せつけてやれば誰だって
「あ、あぁ……分かった……協力しよう」
「物分かりが良くて助かります」
こうなるんですからね。
「あなた、名は何と?」
「俺はヘリムだ……」
その日俺はシーオと村の外に探検に行く約束をしていた。約束と言ってもシーオのわがままに近いけど。このことを昨日父さんに話すと二つ返事で承諾してもらえた。母さんもサンドイッチを作ってくれた。約束の時間の10分前、バッグに護身用ナイフと母さんお手製のサンドイッチを放り込み勢いよく家の戸を開け広場に向かった。
「はぁ、相変わらずあいつ遅いな」
シーオの遅刻は最早恒例行事だ。だか、ここで俺の脳裏に懐かしい情景が思い浮かぶ。そういや、あいつも遅刻癖あったっけな……
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「せんぱ~い!何してるんですか~?」
「いや、これから講義だから」
「あ!先輩も無機化学取ってるんですね!実は私もなんですよぉ。今度教えてくれませんか?!」
「仕方ねぇな。じゃあ、今週末の土曜空いてるか?」
「空いてますよ!」
「なら土曜の10時に駅前のカフェに集合でいいか?」
「ププ……」
「何笑ってんだよ」
「いや……先輩の口からカフェって言葉が出てくるのが面白くてつい」
「いや、女の子が喜ぶような場所なんて全然知らねぇからさ」
「駅前のカフェってフレンチトーストが有名な所ですよね!了解ですっ!」
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結局あいつが来たのは11時頃だっけな。いくらなんでも遅刻しすぎだっての。どうしたらそんなに遅刻できるんだか。今頃あいつは何をしてんだろう……考えても無駄なんだけど。
「ハイド~!」
最早聞き慣れて安心感のある声がした。既に待ち合わせの時間から1時間程過ぎているが、シーオは特に気にしていないようだ。前回探検した時は村から少し出た道でいきなり大きめの蛇が追いかけてきてそのまま村に逃げ帰るという無様な姿をシーオに見せてしまった。昔から虫とか蛇とかそういうの苦手なんです……許してくれシーオ。
「んじゃ、行くか!」
「うん!今回は逃げ出さないと良いね!」
シーオ、それ遠回しに煽ってないか?当の本人はおそらくそんな気持ちなど微塵も無いだろうが、傷が抉られる。そんな一悶着ありつつで村を出発したわけだが……
「なんか静かだな……」
「ねっ、蛇さんもここら辺にいたけど居なくなってるし!」
「まぁ、居ないなら居ない方が良いんだけど……」
「また逃げ出しちゃうもんねっ」
「も、もう逃げ出さねぇよ!」
歩きながら他愛もない会話をして時間が過ぎていく。太陽が完全に真上に来た頃に昼食のサンドイッチを2人で食べ再び歩く。その時も置いてたサンドイッチをネズミに取られて走り去られてしまった。結局探検と言えるほどの成果は無かったのでそろそろ村に帰ることにした。
「なーんも無かったな」
「ハイドは蛇と会わなくてホッとしてるんじゃない?」
「そ、そんな事ないし」
「ふーん」
シーオがニヤニヤしながらこちらを見てくる。こいつ絶対分かってやがるな。見るな見るなそんな目で。
「まぁでも、なんだかんだ楽しかったからさ……今日はありがとな。シーオが探検に行こうって言ってくれなければ俺はずっと怖がってたかもしれない」
「急にどうしたのハイド……でもありがと!」
頬を朱に染めるシーオ。やっぱり可愛いな……それからは特に会話もなく時間が止まっているかのような感覚に陥りながら帰路を辿る。そして村まであと10分といった所まで来た時、シーオが口を開いた。
「ハイド、そろそろ村だね!」
「そうだな。もう夕方だし、ちょっと歩くスピード早めるか」
「うん!」
その時……
「キャーーーー!!!」
誰かの叫び声が聞こえた。その声の発信源が村だということに気付くまで、時間は掛からなかった。そして本能のままに俺は叫ぶ。
「走れ!!シーオ!!」