第一話 起源
新雪の積もる頃、小さな田舎村デーレのある家の外には人集りが出来ていた。このデーレの人口は僅か50人にも満たないがその半数以上は集まっている。皆、何を見に来ているのかというと……
「おぎゃっ……おぎゃあ!」
バタン!
「皆さん!産まれました……!」
そう、新たな生命の誕生である。家の中に居た牧師が窓を勢い良く開けそう叫ぶ。家の前に集まっていた人々は、それぞれに歓喜する。抱き合う人もいれば、飛び跳ねて喜ぶ人もいる。こんな田舎の村だからこそ、子供の誕生というだけでお祭り騒ぎなのだ。そして母メリスの頭を優しく撫で、産まれたての赤ん坊を抱きしめ父ロイドは叫ぶ。
「この子の名前は……ハイドだ!」
この世界では出産には牧師が立ち会うのが一般的だ。何故ならば加護の有無と何の加護なのかは産まれた時に神から伝えられる。それを聞けるのは神に仕える者つまり牧師だけなのである。例に紛れず今回も牧師が加護を聞いたわけだが、聞いた途端にその髭の生えた顔が曇る。
「どうかされましたか?」
「いえ……ではこの新生児の加護をお伝えします。加護は……水素と伝えられました」
それから、6年の月日が流れーー
俺はあの時女神に頼んだ通りの水素の加護者になっていた。加護者というと何だか聞こえは良いがちゃんと加護の扱い方を知らないと使えないからな。そこは注意だ。
「にしても、あいつ遅いな……」
あいつと言うのは隣の家に住んでいる幼馴染のシーオだ。シーオは酸素の加護者でありあの年に生まれたのは俺とシーオだけだった。だからこそ俺達は幼い頃から何をするにも2人で一緒だった。特にシーオはよくおままごとに誘ってくるのだが既に25年生きている俺からすると面白くないことこの上ない。だが断ると狙ってやっているのかたまたまなのかは定かではないが上目遣いでこちらを見てくるシーオの視線にいつも屈しておままごとをしている。
「正直あんなに可愛いのは犯罪レベルだよな……」
だが特別悪い気はしないしな。土のハンバーグを俺に食わせようとすること以外は特に不満はなかった。ただ唯一気になるのは前世のこと。俺はこの6年間ずっと罪悪感に苛まれていた。何故なら俺のやっていた研究は世界を破滅の方へと導くことだったからな……それにまるで、俺はその事実から逃げるようにしてこの世界に転生してきてしまったのだから……そんな事を考えていると
「おーい、ハイド〜」
と、もう聞き慣れた気の抜ける声が響く。振り返るとそこにはいつも通りのシーオが居た。茶色で短い髪も、澄んだ蒼い瞳も、あどけないながらも可愛らしい表情も。
「シーオ、相変わらず約束の時間過ぎてるぞ」
「あっれれ、何時だっけ」
こんな感じでシーオはかなりマイペースだ。前にも隣の村までおつかいに行くって約束をしていた時、めちゃくちゃ遅れて来た上に約束の時間を忘れてた言っていたからな。その時に比べると今回は大したこと無いので良いけど
「はぁ……もう慣れっこだから全然良いけど」
「流石ハイドやっさし〜」
それお前が言うかとツッコミたくなるが抑える。こんな楽しそうにはしゃいでいるシーオの笑顔を見ると文句だとかそういうのはどうでも良くなってくる。
「ハイドハイド!今日はシンコンセイカツのおままごとやろ!私がお嫁さんで、ハイドが旦那さん!」
「新婚生活……か」
6歳の女の子の口から新婚生活なる言葉が出てくるとは驚きだが、女性経験のない俺はそれですら照れるな……
「わ、分かった」
「うん!」
そうしていつも通りの日常が過ぎて行く。新婚生活のおままごとがいつもって訳じゃないけど俺達は普段からこんな感じだ。この日常もいつかは変わっていくのだろうか。だとすればこんな平和な日々がもっと続けば良いのに……そう思っていた。だが、日常の終わりはどんな時だって突如として訪れるのだとこの時の俺はまだ知らなかった。