第十話 決意
シジュさんの来訪から1週間ほど経った頃だろうか。俺の体は問題なく完治し、シジュさんからシーオも意識が回復したという知らせが届いた。その時シジュさんは泣きそうになっていたが、嬉し涙だろう。その光景を見て俺は安堵した。
「とりあえず……皆に会って話をしよう」
まずは同じく村の診療所で休養を取っていたシーオの元に。個別の病室が5部屋しかない診療所で、俺は1番入口から遠い端の部屋。シーオは1つ空けた真ん中の部屋だと聞いている。1週間も会っていない上にあんな事があった後だ。どんな顔をされるか……そんな心境で俺はシーオの病室の戸を引く。
「あっ!ハイドだ!」
「お、おう。大丈夫だったか?」
俺の心配は杞憂に終わった。部屋に入るなりあの聞き慣れた声が聞こえるものだから面食らってしまった。
「うん。全然大丈夫!」
「なら良かった。シーオが元気でいてくれて嬉しいよ」
「そういえばハイド!あの時はごめんね!私のわがままでハイドを危険に晒しちゃって……」
「いや、大丈夫。その件はもう良《い』いよ。それにシジュさんに聞いたんだ。シーオが俺をどうしても助けたいから来たんだって。それを聞いて本当に嬉しかったんだ。ありがとうな」
「い、いやそれは……」
そう言っていつもの如く頬を朱に染めるシーオ。俺はこの日常の光景を欲していたのかもしれないな……
「そ、そういえば私気を失った後の事どうなったか知らない。ハイドは知ってる?」
「シーオが気を失った後……」
俺は言葉に詰まった。真実を言うべきか。言わないべきか。シーオはまだ6歳の女の子だ。あの若夫婦の凄惨な現場を見ただけで震えていたのに近しい人を失ったと聞いたらどうなるかは分からない。だが、言わないのが正しいと言われたら首を縦に振りかねる。いずれバレる……葬儀だって執り行われるのにその間シーオだけを留守番させておくのは違う気がする……どうしたら
「ハイド君、ここに居たんだね。病室に行ったら居ないから焦ったよ」
「あ!お父さん!」
俺が考え込んでいると病室の戸が開きシジュさんが入室する。部屋に入り俺達に挨拶した後にシジュさんは俺に耳打ちをする。
「話は聞いていた。君の口から伝えるのは酷だろう。シーオには僕が上手いことやっておくから、君はお母さんと話しておいで。随分寂しがっていたよ」
「分かり……ました」
「ん?ハイドとお父さん何話してるのー!」
「シーオは可愛いなぁって話をしてたんだよ。な!ハイド君」
「え、そ、そうだよシーオ」
「むー、怪しい」
「じゃあ俺はちょっと母さんと話してくる。ありがとう!シーオ、シジュさん」
「あ、ハイド私も!」
「シーオ。今、ハイド君は親子水入らずで話したい筈だよ。行かせてあげよう」
「……はーい」
「それで……シーオが気絶した後の話なんだけど……」
俺はシジュさんに心の中でお礼を言いながらシーオの病室を出た。その後入口の受付に居る村医さんにお礼をして診療所を後にした。
「母さん……元気だと良いけど……」
やはり心配だ。シーオが元気だったのは父さんの死を知らないという点が大きかっただろう。だが母さんはもちろん知っている筈だし、俺以上に父さんの事を知っていて昔から笑い合った2人……だよな。そんな事を考えながら父さんとの今生の別れをしたあの広場を通り6年見てきた家の戸をゆっくりと開く。
「母さん……ただいま」
と言うなり母さんは走って来て俺を抱きしめる。
「良かった……本当に良かった……」
嗚咽しながら開口一番そう言うので再び俺は呆気に取られてしまった。
「俺は大丈夫だけど……母さんは……?」
「最初は何も考えられないくらい泣いたわ……あの人が亡くなったと聞いて……だけど、もしかしたら……ハイドはあの人が残してくれた最期のプレゼントなんじゃないかって……あの日、あの人から何か聞いたの……?」
「聞いたよ……母さんには、若い時に連れ回してすまない。これからは自分の望むまま自由に生きてほしい……って言ってた」
「あなた……」
再び泣き出す母さん。泣き止むまで待ち落ち着いたところで再び切り出す。
「母さん……俺、父さんのように強くなりたい。俺が父さんに生かされたように、守りたい人を守れる人になりたいんだ。だから……俺には夢があるんだ。王立エレテール学園に行くこと。でも今のままじゃ絶対無理だ。だからシジュさんに話を聞いてロゲンの森にいるとされる加護の大精霊を探したい。子供の空想でしかないかもしれないけれど……それでも夢に向かって進みたいんだ!母さん!頼む!」
ダメ……だよな。そんな危険なこと……
「分かりました」
「え……」
「シジュさんも言っていたけれど……本当若い時のあの人とそっくりね。良いわよ。気の済むまで私は見守っています。夢の価値は叶うか叶わないかじゃないの。どこまで本気になれたかで決まるの。若い時にあの人が言っていた言葉よ」
夢の価値は……どこまで本気になれたか……
「分かった!俺!頑張るよ!母さん!」