プロローグ
「っ……はぁ……はぁっ……!」
真っ暗な研究所の中を息も出来ないほどひたすらに走る。普段から全くと言っていい程運動しない俺だが死の恐怖を目の当たりにすると案外走れるもんだな……
ちくしょう。何故……こんな事に……!
「ターゲットを発見!生死は問わんとのことだ!絶対に逃すなよ!」
「やべっ……」
あの時あいつの言うことを聞いておけばよかったのか……?と考えれば考えるほどに後悔の念が募っていく。もしもう一度人生をやり直せるのなら……
「俺は正義の味方にでもなれたら良いんだけどな……ハハハ」
そう願った瞬間、俺の心臓は貫かれたーー
「……シ……ん。お……て……ください……!」
何やら女の子の声がするな。俺は確か心臓を撃たれて……あっ……これがかの有名な走馬灯ってやつなのか……
「アツシ……ん。おきて……ください……!」
アツシ……?俺の名前が呼ばれている気がする。そろそろ天国へ行けって事なのか……?いや、俺はおそらく地獄行きだろうな……
「アツシさん!起きてください!!」
はっきりと名前を呼ばれたのを自覚し目を開けると白い光に視界が包まれる。少しして目が慣れてくると今度は視界に女の子が映った。
「おはようございます。お目覚めですか?」
見れば顔立ちは見惚れるほどに可愛らしくギリシャ神話に出てくる女神のようだ。長いクリーム色の髪は片方の肩の上にまとめているようなヘアスタイル。服は純白の布を纏い、赤い宝玉のようなものが先端に付いた杖を持っている。これを見て俺は、というか誰でもこう思うだろう。
「女神様……?」
そう言って俺は冷静になる。何だここは。ここは今まで生きてきた25年もの間、常に感じてきた重力を全く感じない空間だ。言葉にすると浮いているという感覚に近い。そして極め付けは先程からずっとこちらに向かって微笑み続けているこの女の子。このままでは何も分からないので、いくつか疑問をぶつけることに。
「えっと、女神様で良いのかな?」
「うふふ。どうでしょう」
曖昧な返事をしてニヤニヤするのでからかっているのだと思って質問を続ける。
「とりあえずこの状況を説明してほしい。何も分からないからどうしようも出来ない」
「あっ!すみません!忘れてました……!」
顔の前に手を合わせ頭を懇願するように何度も下げる女の子。おいおい勘弁してくれよと思ってしまったがあまりに可愛い仕草で許しを乞うのでどうでも良くなりとりあえず話を聞くことにした。
「アツシさんは、ペリオディーという世界に転生が決まりました!」
「……は?」
思わずそう呟く。え?転生?この俺が?そんなものは漫画やアニメの世界だけだと思っていたし非科学的だ。だが心臓を貫かれても尚こうして思考を巡らせていられる俺こそが何よりの証拠となっている。考えていても仕方ないのでそのペリオディーという世界について聞いてみる。
「そのペリオディーという世界はどんな世界なんだ?」
「あまり詳しくいうとルールに違反してしまうのですが……アツシさんの世界の言葉で簡単に説明しますと、1人に1つ、神から生まれる時に定められた元素の加護が存在する世界です」
「な、なるほど……?」
「アツシさんは、『転生者』という事になりますので、特典として前世の記憶に加え、好きな加護を選ぶ権利があります。本来加護はランダムに選ばれるので慎重に選んでくださいね!」
そういうことか……だが何故俺を?
「何で俺なんだ?生前は特別神のことを崇拝していた訳でもないし寧ろ非科学的だと一蹴していた。そんな権利俺にあるとは思えないのだが」
「ふふふ、神は平等ですからね。それに転生ということ自体膨大なエネルギーを扱うもの。人間の信仰心を求めているような神はそんな芸当は厳しいかと」
「なるほどな。じゃあ膨大なエネルギーを使ってまで俺を転生させる目的は一体……?」
「……本当に申し訳ありませんがそれは言えません……」
言えない理由が何かあるのか……?とりあえずこれ以上は聞いても何も無さそうだな。従わないと進まなそうだし。そして俺は元素と聞いて思考すると瞬間的に1つの元素が脳裏をよぎる。
「それなら……」
だが俺は一瞬躊躇ってしまう。だけどこれが俺なりの贖罪になるのならと。最も見慣れそして最も嫌いな名を呟く。
「水素の加護で……お願いします」
そう呟いた途端、女神の顔から笑みが一瞬消えたような気がしたがそんな思考を掻き消すように
「うふふ、了解ですっ」
という女神の声と同時に視界が再び白い光に包まれ、俺の意識はだんだんと遠のいて行ったーー