第8話 金満貴族と美青年
翌朝、宿屋を後にしたジンは、買い出しをする為に城下町の市場に来ていた。
路銀は心許ないが、どうせ王都に戻ったのだから少しだけ携行食を買い足しておこうと考えたのだ。
目当てである干し肉を売っている店へと向かっている途中、何やら騒々しい場面へと出くわす。
店がある方角だったこともあり、様子を見るためにジンは小さな身体を人垣の間に潜り込ませて進む。
「ちょっと通らせてくださいね……っと」
人垣を抜けると、そこには思わず目を覆うような光景が広がっていた。
華美な衣装を纏った肥満男が、地面にふれ伏す商人の男を一方的に罵っていたのだ。
「────ですので何卒、何卒お願い致します! 無事に取り引きが終われば、利益の1割を上乗せでお支払いいたしますので、どうか私どもの商隊を護衛してください!」
「ハッ!! 冗談ではないわ!! このようなはした金で、我がハルロゥ家の抱える精鋭を雇えるとでも思っているのか!! この痴れ者めっ!!」
私腹を肥やすという言葉を体現している肥満男────ハルロゥは、その口ぶりからして貴族に名を連ねる者なのだろう。
ハルロゥは懇願する商人を無下にあしらうと、商人から受け取ったと思しき麻袋を放り投げる。
袋は商人の頭部に当たるとその中身をぶち撒けるが、溢れ落ちた硬貨は王都民なら1年は遊んで暮らせそうなほどの大金だった。
そんな大金でも雇うことが出来ないハルロゥ家の精鋭とやらとは、さぞかし優秀な者たちなのだろう。
しかし、件の盗賊団から大事な商隊を守るためなら背に腹は代えられないのかもしれない。
とは言え、些か横暴が過ぎるのではなかろうか。
「フンッ……」
弱者をいたぶり終わって満足したからか、ハルロゥはたわわな二重顎をしゃくる。
すると、彼の側に控えていた者たちが衆人に向けて威嚇しはじめた。
「何を見ている! 見世物ではないぞ!」
「散れっ! 散れっ!!」
散々耳目を引いて見せ物にしておいてよく言う。
ハルロゥに大金を積めない商人には未来がないとでもいう見せしめでしかないのに。
とはいえ、ジンは自身の未来とて不透明だ。
人の流れに身を任せ、辟易とした気分でその場を後にする。
が、振り向いた拍子に何かにぶつかり、尻餅をついてしまった。
「あいたっ!」
「ああ、ごめんごめん! 大丈夫? 怪我はしてないかい?」
ジンは身を案ずる爽やかな声に顔を上げると、ぶつかったと思しき金髪碧眼の青年が手を差し伸べていた。
思わず息を呑むような青年の美貌にジンは一瞬我を忘れるも、すぐにかぶりを振ると、青年の手を取って身を起こす。
「いえ、ちょっとびっくりしただけなので大丈夫です。こちらこそ、よそ見をしていてすみませんでした」
「それはよかった。可愛らしい君に怪我でもさせていたら、僕は枕を高くして眠れないところだったよ」
「……え? あっ!?」
安堵の息を漏らす青年の言葉に違和感を覚えたジンは、ローブのフードがめくれていることに気付いてハッとする。
慌てて目深にフードを被りなおすと、青年にペコペコと頭を下げ、逃げるように脇を抜ける。
「じゃ、じゃあ、オレは急いでるんでっ!」
「あぁ、ちょっと待ちなよ。これ、君の物じゃないのかい?」
しかし青年は慌てふためくジンを呼び止めると、緑色のカードを差し出してくる。
それを見たジンは金色の目を大きく見開くと、さらに慌てふためいてひったくる様に青年の手からカードを受け取る。
「うわっ! す、すみません! これすっごく大事な物なんで、つい……」
「いや、気にしないでいいよ。冒険者証は命の次に大事な物って言っても過言じゃないからね」
失礼な行動をすぐに謝ったジンに、青年はそう言って爽やかに笑う。
青年に拾われたのは、ジンの冒険者証だった。
冒険者ギルドの発行するそれは、冒険者が冒険者であることを証明できる大事なカード。
同時に、ギルドが冒険者の所属パーティーや任務状況にランクを照会するためのツール。
無機質で無垢で薄い板切れに過ぎないそれは、冒険者がダンジョンから持ち帰る知見の集大成でもある。
複製不可能、偽造不可能、しかし再発行は可能。さらには一枚のコストは紙一枚にも満たない。
ギルドの誇る最高の管理ツールだ。
ただし、不慮の事故などで紛失して再発行の手続きとなった場合の代償は大きい。
カード一枚で身分を証明できるそれは、言うなれば冒険者とギルドとの信頼関係でもある。
安易に扱うことはその信頼を毀損する行為であり、再発行には基本的に問答無用で『1ランク降格』というペナルティが課せられる。
ランクが落ちれば、当然受けられる依頼の質も変わる。
冒険者にとって死活問題に直結する冒険者証は、まさに命の次に大事な物なのだ。
そんな物を転んだ拍子に落とすとか迂闊にも程がある。
しかし、そんなことあるのか? とジンは疑問と違和感を抱く。
命の次に大事なカードは、文字通り肌身離さず持っている。転んだ拍子程度で落とすような物ではない。
それに、群衆に揉まれていたとはいえ周囲の状況を見ていなかったわけではない。
それこそジンにとって青年は不意に現れ、そしてぶつかってしまった。
故にびっくりして尻餅をついてしまったわけなのだが。
「ところで、ちょっと時間いいかな、先輩?」
と、ジンが少し思案していると、青年がジンの顔を覗き込むように屈んで視線を合わせる。
子供扱いされていることに若干ムッとしたジンだったが、すぐに首を傾げる。
「先輩? オレが?」
「そう、先輩。ほらこれ」
明らかに年上な青年から突如先輩呼ばわりされて戸惑っていると、青年はジンの持つそれと同じ物────青色の冒険者証を見せた。
「実は僕、ご覧の通り冒険者になったばかりの駆け出しでさ。ここで会ったのも何かの縁だし、よかったら一緒にパーティー組んでもらえないかな?」
「えっ? えぇ? ええぇぇっ??」
そして晴天の霹靂とも言える提案に、ジンはまたまた両目を見開いて驚くのだった。




