第21話 謎のダンジョン攻略2
入口から伸びる階段を降り終えた一行は、一旦その場で足を止めた。
「……暗いな」
アインが零した独り言は、深い暗闇の中に吸い込まれてゆく。
ここまで降りてきた階段にはダンジョン特有の仄かな明かりが灯っていたが、第1層であるフロアには一切の明かりなく、ただただ黒い虚空があるだけだった。
この段階でジンは生唾を呑み込む。
かつて彼自身がアフィンに説明したが、ダンジョンは難度が低いほど内部が明るいとされ、難度が高いほど暗くなる傾向にある。
その冒険者通念からすると、恐らくこのダンジョンは『上級』に分類される難度となる。
ジンは【レックレス】と様々なダンジョンに挑んできたが、冒険者ランクの兼ね合いもあって『中級』までのダンジョンにしか挑んだことがない。
そして、その『中級』のダンジョンですら攻略率は高くなかった。
この烏合の衆と呼ぶに相応しいパーティーで挑むのは、彼の物差しで言えば"自殺行為"に等しい。
────勇猛と蛮勇を履き違えてはいけない。
ジンは常に心がけている言葉を心の中で呟きつつも、しかし、未知のダンジョンという魅力的な場所には抗えない好奇心がある事も確かだった。
あまり使いたくはないが、いざという時の"切り札"だってある。引き際を間違えなければ、挑む価値は十分にあるはずだ。
ジンが自身の心にそう言い聞かせていると、目の前がパッと眩くなる。
次第に目が慣れると、そこには掌の上で炎を灯すアインの姿があった。
「【ファイヤフラグメント】はこういう使い方も出来る。視界の確保は私に任せるといい」
「それは頼もしいな。一応照明道具を持っているが、これは緊急用に取っておくとしようか」
「ああ、そうしてくれ。私が途中で倒れる可能性とて、ゼロではない」
松明のように周囲を照らすアインの掌を見ながら、エルキスはポケットに入れていた腕を引き抜く。
【ミラクルラゲッジ】に収納している照明器具を出そうとしていたのだろう。
ジンはそんな二人のやり取りを尻目に周囲に視線を向ける。
揺れる炎が未知のダンジョンの姿を朧げながら浮かび上がらせていた。
このダンジョンは、入り口と同様に古代遺跡を彷彿とさせる、石造りの人口地形構造のダンジョンだった。
苔むした長方形の石が床面と壁に敷き詰められ、天井には幾何学模様が刻まれている。
今はロビーとでも呼べる広間にいるが、正面と左右の壁にはほかの場所へ繋がる石造りの扉があった。扉は固く閉ざされているが、ギミックでロックされている様子はない。
しかし、来るものを拒むように沈黙を貫いているようでもある。
ジンがそうやってダンジョンの状況を確認していると、先頭に立ったアインが徐に口を開く。
「ここは前人未到のダンジョンだ。当然、簡易攻略図など無い。いつ何が起きてもおかしくない場所だ。慎重に進むとしよう」
そう言って仲間へ注意を促したアインはパーティーを牽引するように一歩踏み出したが、ジンはそこへ待ったをかける。
「ちょっと待って」
「……どうした?」
呼び止められてアインが振り返ると、続いていたツヴァイやドライも息を合わせるようにジンを注視する。
注目を浴びる中、ジンは深呼吸をするとアインの目を真っすぐに見つめながら口を開く。
「オレは……オレのスキル【トラップマスター】は、今いる階層の平面図とトラップ位置、そしてモンスターの有無と脅威度が分かるんだ。だから、先導はオレにさせてくれないかな?」
「……ほう?」
ジンの提案に対してアインの表情があからさまに怪訝なものとなる。
普通の冒険者が聞けば、ジンの【意識の羊皮紙】は胡乱な眼差しを向けるようなものだからだ。
「オレの意識でしか認識出来ないものだから信じて貰うしかないんだけど、ここは未知のダンジョンだからね。慎重に進むなら、オレのスキルは役に立つと思うよ」
疑いの眼差しにも怯むことなく続けるジンに、アインはその真意をはかるように金色の双眸を覗き込む。
ジンがハルロゥのダンジョンを攻略する時、冒険者ではないアフィンやクナイは『ジンが冒険者』だということで疑うことはなかったが、冒険者からするとにわかに信じ難い話だ。
そんな便利やスキルがあるならもっと有名になっているはずであり、そうなれば冒険者の間で引く手数多の存在となっているはずだからだ。
以前【レックレス】に在籍していた時は【トラップマスター】というスキル名も相まって信じてもらえず、フォロー役に回る状況に甘んじていたのもそのためだ。
しかしジンだけに認識出来る【意識の羊皮紙】があれば、ダンジョン攻略における優位性は計り知れない。
そして、例え疑われたとしても先導を申し出るだけの、以前とは違う心構えがあった。
────ここはダンジョン。皆にどんな思惑があっても、冒険をする以上は最善を尽くすべきだ。
ダンジョン攻略において、未知のダンジョンに烏合の衆で挑むという、冒険者の常識的なプロセスから逸脱した状況であっても、ジンにとっては冒険だ。
冒険であるかぎり、彼は自身が出来ることの最善を尽くす。
沈黙が場を包む中、アインは一瞬エルキスへと視線を移すが、エルキスは勘ぐりを避けるように両目を瞑って腕組みをしていた。
思わず嘆息を漏らすアインだったが、そんな彼にドライが歩み寄るとつま先立ちをしながら何かを耳打ちをする。
ジンがその様子を窺ってると、彼は何を思ったのか。
「……良いだろう。先導はジンに任せよう。私はその隣で君の目となり剣となろう。降りかかる火の粉は払う。どうか我々を導いてくれ」
アインはあっさりとジンの提案を呑むと、先を促すように掌の炎で行く先を照らす。
ツヴァイとフィーア、そしてエルキスも異論は無いのか、静かに成り行きを見守っていた。
ジンは自身の肩に乗せられた責任の重さを感じつつも、アインの炎を導くように先頭に立つ。
「信じてくれてありがとう。それじゃあ、少しだけ待っててね。準備するから」
そして先導を任せてくれたアインに感謝をすると、いつものように両目を閉じて意識を集中させる。
────【解析】。
心の中でそう呟くと同時に、ジンの意識の中に羊皮紙が広がり不可視のペンが紙面を踊る。彼の現在地を中心にして、黒いインクが無色の水面に広がっていいくようにマップを描いてゆく。
普段は時間にしてわずか数秒足らずたが、ジンにとって今回の【意識の羊皮紙】は完成までにとても長く感じた。
そして完成した【意識の羊皮紙】を目の当たりにして、目を瞑ったまま眉間にシワを寄せる。
「……どうした? 何か問題でもあったのか?」
黙ったまま動かなくなったジンにアインが声をかけると、ジンは思い出したように深呼吸をすると、改めて【意識の羊皮紙】を眺めた。
────このダンジョン、ヤバいかも。
そして、この階層の全体像が描かれた地図と注釈を見たジンは、そのあまりの広大さと危険さに息を呑むのだった。




